教養

『今日の芸術』岡本太郎|守破離の書評

1984年生まれ。東京都在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業。編集者。SSW。サウンドクリエイター。編集と並行して、歌もの/アートインスタレーションサウンド/ダンスミュージック等の音楽制作活動を行う。


今日の芸術 時代を創造するものは誰か
著者:岡本 太郎
出版社:光文社

ISBN:4334727891
発売日:1999/3/1
サイズ:15cm/258p

 

岡本太郎の視点

岡本太郎(1911-1996)を知っているだろうか。20世紀を駆け抜けた芸術家だ。名前を知らなくても、実は知っている人もいるのではないか。例えば、大阪・万博記念公園の「太陽の塔」の作者として。渋谷駅の巨大壁画「明日の神話」で知っている人も。「芸術は爆発だ!」という奇抜な発言を知っている人もいるかもしれない。

もし彼を知らない人は、これを機会にぜひ彼の”視点”に出会ってほしい。そして、すでに彼を芸術家として知っている人も今回紹介する「今日の芸術」をはじめとした著作活動(膨大な文章を残している)にフォーカスを当ててみてほしい。彼は絵画、彫刻等の芸術活動もすごいが、文章もすごい。思わず「すごい」なんて主観的な言葉を使ってしまうのは、私が彼の著作にどれほど心を動かされて、どれほど励まされたかわからないからだ。

私は今、彼の著作に「励まされた」と言った。この”励ます”というのも曖昧な言葉だ。”励ます”というと、「”落ち込んでいる時”に支えてくれる」とか、「”頑張っている時”に寄り添ってくれる」みたいなことを想像する人もいるだろう。しかし、彼の”励ます”は一味違う。人の人生ごと、人間存在ごとを励まそうと試みているのだ。とにかく彼の視点が捉えようとしている射程が広い。

ここで「ホントか?」「じゃぁ、どうやってそんなたいそうな励ましをするんだ?」と思った人こそ本書を読んでもらいたいのである。人間の根底の根底を見つめて、その根底にあるものを生かすためにはどうしたらいいのかという問いこそが、岡本太郎の”視点”だと私は考えているからだ。

 

「自分自身に充実する。——だが、どうやって?」

「実感」という言葉がある。実際に経験して「確かにこう感じる!わかった!」という感覚とでも言おうか。一方で、上記の実感とまではいかないけれども頭では”知っている”ことがある。両方とも「知って認識している」という意味では同じであるが両者の「知」は微妙に違う。

前者はその人の経験、感覚、知性の組み合わせによって生まれた、その人でしか獲得しえない「固有の知」。そして後者は、ある事実や概念を誰もが共通認識を持てるようになんらかの方法で表現された「形式的な知」だ。この「知る」という概念の分解を見事に行なっていることが本書が長年読み継がれているポイントのひとつであると私は思う。

多くの情報にアクセスしやすくなっている現代社会の中で、実際に自分が実感していない「形式的な知」を得る機会が増えていることは、それこそ多くの人が実感していることではないだろうか。一方で、身体はひとつなので実生活の中で実感しうる「固有の知」はそこまで増えるものではない。つまり「固有の知」の割合が相対的に少なくなりやすい構造が現代社会にはあるのだ。

「知」における「固有の知」の薄まり。これが、案外と厄介なのだ。つまり、実感のない情報で頭の中がいっぱいになって「自分自身はこれだ!」と思える感覚を得られにくい構造が出来上がっているのではないかということだ。「自分自身」を感じにくい状況をあなたはどう考えるだろうか。様々な捉え方があるだろう。もちろん、どちらの「知」が良い悪いということではない。両者が影響しあって「知」は深まっていくものだと思う。ただ、自分の実感に基づいて行動することに焦点が合いづらい世の中になっているのではないか。

このような問いを呼び起こしてくれることが、本書が多くの人を惹きつける要因なのかもしれない。

 

「今日の芸術」の問い

本書では
・生きるよろこびとはなにか?
・知るということはどういうことか?
・人生を充実させるにはどうしたらいいのか?
など、様々な根本的な問いが立てられている。

青臭いと思う人もいるかもしれない。ただ多くの人がこれらの問いにぶつかったことがあるのではないだろうか。少なくとも岡本太郎は「生きる」ということに向き合っている。そして、それらの問題をそらさずに向き合った”彼自身の視点”を私たちに残してくれているのだ。

本書は「今日の芸術」というタイトル通り、出版当時(1954年)の芸術を取り巻く状況を軸に上記の問題に向き合っている。しかし、本書は出版から半世紀以上たった現在でも、(少なくとも私には)ハッとさせられる言葉に溢れている。なぜだろう。なぜだろう。と考えていたら、本書のこんな言葉が頭に浮かんできた。

「まことに芸術はいつでもゆきづまっている。ゆきづまっているからこそ、ひらける。」

そう。いつでもゆきづまっているのだ。今だって。ゆきづまっているからこそ人は行動する。どうにかして、次の道をひらく”新しい自分自身の視点”を獲得したいと動いてしまう。暇つぶしに思えるその行動だってそうだ。
そうこうしている今も、意味もなくSNSを開いてしまう。テレビを見てしまう。街に出てしまう。雑誌を読んでしまう。誰かに話しかけてしまうのだ。

ところで、”新しい”とはなんだろうか。”自分自身の視点”とはなんだろうか。

岡本 太郎 1911年2月26日生まれ、1996年1月7日没。日本の芸術家。著者に『青春ピカソ』(新潮文庫)、『忘れられた日本沖縄文化論』(中央公論社)、『美の呪力』(新潮社)など。