教養

『私とは何か -「個人」から「分人」へ』平野啓一郎|守破離の書評

1992年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科にて、現代詩からメディアまで、幅広く興味関心のあるものを学ぶ。 「知っていることを深める 知らないことを楽しむ」をモットーに、webメディアやSNSを中心に活動中。


私とは何か 「個人」から「分人」へ
著者:平野 啓一郎
出版社:講談社現代新書

ISBN:4062881721
発売日:2012/9/14
サイズ:17.4cm/192p

 

「私とは何か」というのは重大な問いです。

生きている中で、誰しもが一度はこの問いにぶち当たり、悩んだことがあるのではないかと思います。
では何故、これが重大な問いとして存在するのか。

それは、「私」という永遠に離れられない”存在”について、見つめ直すことだからではないでしょうか。

 

私たちが「私とは何か」と考えるときに、つい迷い込んでしまうのが、「本当の私」という深い森です。学校や会社や家庭で、他者と接している時の「私」とはまた違う、何か核となる「私」があるのではないだろうか。そしてそれこそが「本当の私」なのではないか。

アイデンティティの確立とも関わってきそうなこの問いは、しかし永遠に深い森の中で迷い続ける可能性もはらんでいます。

 

その「本当の私」という考え方に疑問を呈して、新しい考え方を提唱しているのが、本書です。著者である平野啓一郎さんは、本書内で「私」というものについて以下のように述べています。

「私という存在は、ポツンと孤独に存在しているわけではない。つねに他者との相互作用の中にある。というより、他者との相互作用の中にしかない。」出典:私とは何か -「個人」から「分人」へ(98p)

私たちは、絶対的に誰かと関わって生きています。

学校・会社という組織内でのコミュニケーションや、親・友人との他愛もない会話などは、日常的に発生します。そしてそれら全ては、他者がいないと生まれてきません。仮に自己内省を行なっている時でも、そこで発生する思考経路は、他者の影響を少なからず受けています。

つまり、何の影響も受けていない「本当の私」というものはいないのです。

私たちは、他者との関係の中にそれぞれの「私」を存在させています。それは裏表があるとか、キャラを使い分けているというような、意識的なものではなく、自然発生的なものです。

そしてそれを、平野さんは「分人」と呼んでいます。

私たちが普段接する「個人」という言葉は、これ以上分けられない存在(individual)を指します。この「個人」という言葉は、揺るがない自己を連想させます。この語によって、私たちは「本当の私」問題で惑うことになってしまっているのではないでしょうか。
一方で「分人」は、人間を分けられる存在(dividual)として考えています。親と接する時の「私」と、友人と接する時の「私」は違います。しかしそのどちらの「私」も、「本当の私」なのだという考え方です。

 

この「分人」という考え方は、ともすればグラグラと揺らいで崩れてしまうかもしれないアイデンティティの問題を、根元から支えてくれるのではないでしょうか。

「私とは何か」ということについて、ふと立ち止まって考えてみる時に、うっかり迷子にならないように、側にいてくれる本だと思います。

平野 啓一郎 1975年6月22日、愛知県生まれの小説家。1999年、京都大学在学中に文芸誌『新潮』に投稿した『日蝕』によって第120回芥川賞を受賞した。小説の執筆のほか、エッセイの執筆や翻訳(オスカー・ワイルド『サロメ』)なども手がけている。