教養

『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』坂口恭平|守破離の書評

石と椅子好き。小さな子どもにもわかる、やさしい言葉遣いをこころがけたいと思っています。

ゼロから始める都市型狩猟採集生活
著者:坂口 恭平
出版社:太田出版

ISBN:4778311752
発売日:2010/8/4
サイズ:18.9cm/184p

 

「現在、きみは無職・無一文で、都会のド真ん中に立っている。着の身着のままで、何も持っていない。(本書序文より)」自分がこんな状況に置かれていることをまずは想像してみてください。無職無一文になり、当たり前だと思っていた服や、住居、食生活を突然奪われたら、私達はどうやって生きていけばいいのでしょう。足元がゆらいできたあなたへ、坂口恭平氏の『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』を紹介します。

坂口恭平について

著者の坂口恭平氏は、作家・音楽家・画家・建築家など、さまざまな顔を持つ活動家です。1978年熊本県生まれ。幼少時から「モバイルハウス」などに興味を持ち、大学では建築を学びました。2004年、路上生活者の生活ぶりを収めた写真集『0円ハウス』を発表。2011年の東日本大震災の際には啓蒙活動を行うとともに著書『独立国家のつくりかた』を刊行し、話題をさらいました。設計図を思わせる緻密なドローイングにも定評があり、数々の絵画作品を発表しています。近年は、作家活動に重きを置き、熊日出版文化賞、熊日文学賞などを受賞。『徘徊タクシー』では三島由紀夫賞候補となりました。躁うつ病を患っていることを公表し、闘病生活をツイッターなどで綴り反響を呼んでいます。

都市型狩猟採集生活とは?

そんな坂口氏が路上生活者に密着し取材を重ね、彼らの生活を「都市型狩猟採集生活」と名付けて記録したものが本書です。
都心中を駆けずり回ったのではと思わせるような緻密なフィールドワークから見えてくるのは、彼らが到達した究極の「快適な生活」です。隅田川のエジソン、多摩川のロビンソン・クルーソーなどと呼ばれる「達人」たちの、秘められた技術や情報はまさに千差万別。彼らの手にかかれば、限られた材料で10年以上びくともしない家が建ち、お手製の高度なろ過装置で雨水が生活用水に変わってゆくのです。
さらに読みすすめていくと、私達自身が、普段使っている水やガス、電気のできる仕組みや相場をしっかりと把握していないことにハッとさせられます。きれいな飲水が家庭まで届く、台所で安全に火を使える、スイッチを押せば電気が点く、などの「からくり」を何も意識せずに使っているという事実。ひとたび故障すれば、自分で直す術ももっていません。それに引き換え、達人たちはそういったインフラの仕組みはもちろんのこと、金属の株価などの経済情勢に精通し、さらには海水を使った農業の構想までも練っているというのです。

ケルアック、ディラン、鴨長明、ソロー、デュシャン

著者の思想の背景には、さまざまな先人たちの存在があります。ジャック・ケルアック『路上』にみられるフィールドレコーディングのような描写や、完全自給自足の生活を行った詩人のヘンリー・ディヴィッド・ソロー。栄華を捨て、方丈庵という小屋で究極のミニマムライフを送った800年前の鴨長明。他にもボブ・ディランの音楽、バックミンスター・フラーやルドフスキーの建築、マルセル・デュシャンのアート、今和次郎の考現学。著者はこうして培った思考をベースに、路上生活者の取材をはじめます。また、空の貯水タンクに発電機のみを持ち込み実際に生活してみる『貯水タンクに棲む』のインスタレーションや、移動できる最小単位の家『モバイルハウス』などの作品を生み出していきます。職業の枠に囚われずさまざまな試みを発表してきた著者の生きざまは、まさに本書のテーマそのもの。職業とはなんだろうという出発点に読者を導いてくれます。

見慣れた場所を、新しい視点で見つめなおす

著者は、路上でたくましく生きる人々を通して、社会や既成概念とはなんだろうと思いを巡らせます。考えてみれば、スーツを着たり、ご飯を3食食べたり、ローンを支払い住居を構えたり、週のほとんどを満員電車に揺られて学校や会社に通ったりするってどういうことなんだろう。なぜだろう。

奇しくも本書の発表は、東日本大震災の前年。社会通念や「衣・食・住」のあり方を疑い、分解し、根底から考え直そうとした著者の試みは、現実の問題となりました。未曾有の大災害によって、私達人間は常に災害と隣り合わせに生きていることを思い知らされました。

また、私達はインターネット・SNSなどで発達したネット社会が、個々を結びつける素晴らしいだけのものではないことも知りました。IT技術の飛躍でめまぐるしく変わる社会環境やルール。フェイクニュースや、匿名性の高いネット空間での行き過ぎた表現、情報の過多や漏洩問題。そんな環境下で生きていくために、本当に必要なモノや情報は何か、今一度考えなければならない時期にきているといえるでしょう。

本書は、私達の生き方になにかヒントをくれている気がするのです。社会に通底している「先入観」が、本当に正しいものなのか。当たり前と思って過ごす毎日の生活の背景には、何かを生み出している事象が潜んでいるのではないか。身の回りにあるさまざまな事象を、新しい視点でとらえることこそが、とても大切なのではないか、と。

社会の変化がいちじるしい時代を生き抜く上で大切なのは、状況をしっかり把握する観察力や判断力ではないでしょうか。新しい視点を持つということは、刻一刻と変容する世界にもおのずと立ち向かえる、自分なりの「美意識」や「判断軸」を身につけることにつながると思うのです。

 

読後は、肩の荷が降りたような、晴れ晴れとした気持ちになります。自分が囚われすぎていた何かからひとたび開放され、小さな悩みも吹っ飛ぶような感覚。人生、なんとかなるかも。進路に悩む学生から、社会生活にちょっとくたびれたなと感じている社会人まで、幅広い人々に読んでほしい本です。

坂口 恭平 1978年4月13日生まれ。日本の建築家、作家、アーティスト。著書に『徘徊タクシー』(新潮社)、『cook』 (晶文社)、『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)、『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』(リトルモア)など。