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生きがいについて 書評|守破離の書評

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。 慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。 卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。 2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から 様々なビジネスの知見を得る。 現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。 冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。


生きがいについて
著者:神谷 美恵子
出版社:みすず書房

ISBN:4622081814
発売日:2004/10/6
サイズ:19cm/360p

『生きがいについて』というタイトルを聞いて、あなたはどんな気持ちになるだろうか。

「大きいテーマだ」「”生きがい”を探してみたい」など、普段の生活では必ずしも考えないこのテーマに、そもそも“生きがい”なんてものが存在するのかどうか、不審に思えてしまうことすらあるかもしれません。

 

ただ、「このために私は生きているんだ!」と大上段に構えなくても、日々を生きていく中で、皆それぞれ自分なりの何かしらの生きがいを持って生活をしているものだと思います。例えば、帰宅後のちょっと一杯、ちょっと一服。家族との団欒、一人だけの趣味の時間など。

 

もし、そういった平凡ながらも大切な自分の人生の大切な時間を取り上げられてしまったなら、明日からどう生きてゆけばよいのか。青天の霹靂のように自分自身が否定されてしまうような出来事に接したら、自分はどうなってしまうのか。

誰しもが、それぞれに、それぞれの生きがいを持っているからこそ、ひょんなことから逆にそれを失う怖さに対して不安になってしまうこともあるのではないでしょうか。

 

著者の神谷美恵子さん(1914年~1979年)は、昭和の時代に精神科医など様々な分野で活躍した人物です。

彼女は、精神科医としてカウンセリングを通じてハンセン病患者の心のケアに従事することになりました。その日々の中で、ハンセン病だと告げられ大きなショックを受け、そして絶望に至り、自暴自棄になってしまう多くの患者たちと向き合ってきました。

この『生きがいについて』の中では、ハンセン病患者が自らの病名を告げられたときの様子や、彼らが残した手記などを基に、彼らが、自らのこれまでの生活が足場から崩れ落ちていくような感触を覚えながら、人生が砕け散ったような感覚に襲われていく様子が描写されています。

 

しかし、それと同時に、彼らがそこから新しい生きがいを発見して自分自身を再構築していく様子や、それを”人”ができる理由にも触れています。その際、美恵子さんは精神科医として科学者の立場だけから文章を書き進めているわけではなく、古代ギリシャ哲学やキリスト教の造詣をベースにした洞察も加えています。実は、美恵子さんは20代前半の頃にギリシャ語を独学し、『新約聖書』やマルクス・アウレリウスの『自省録』などを原語で読破しています。そして、息子たちが幼く手が掛かっていた頃に『自省録』訳書の出版をしているほどなのです。

 

深い絶望の淵から人間を復活させていく「生きがい」について、美恵子さんは医師として患者たちの悩みに向き合いながら、一冊の本に仕上げて1966年に出版します。

50年以上の時を経ても、色褪せない著者の鋭い視線と、”生”と”存在”に対する深い考察。暗い絶望の霧を晴らすために必要なことが書かれている一冊。ぜひ一度手に取ってみては如何でしょうか。

神谷 美恵子 1914年生まれ、1979年没。日本の精神科医。哲学書、文学書の翻訳などでも活躍。著書に『こころの旅』(みすず書房)、『神谷美恵子日記』(角川文庫)、『神谷美恵子 島の診療記録から』 (平凡社)など