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ゴリラの森、言葉の海 書評|守破離の書評

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。 慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。 卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。 2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から 様々なビジネスの知見を得る。 現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。 冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。


ゴリラの森、言葉の海
著者:山極 寿一 小川 洋子
出版社:新潮社

ISBN:4104013080
発売日:2019/4/25
サイズ:19.1cm/216p

「比較」は、何かを理解しようとするときに、とても有効な方法です。誰かと比べたり、何かと比べたりすると、それまで見えていなかった自分の立ち位置というか、自分が何者なのかが見えてきます。

当然、「比較」するときに、我々は、何かしらの尺度を用います。”年収”や”偏差値”、”IQ”、はては”生年月日や血液型などに基づく占い”によっても「この人はこういう人だ」という判断軸を得ることができます。

 

しかし、それらの尺度を使うことは本当に正しいのでしょうか。例えば、人間には”男”と”女”がいますが、この言葉には”身体的な性差であるセックス”と”社会的な性差を意味するジェンダー”の両方の意味が含まれています。
身体の特徴だけで、”ジェンダー”を当てはめてしまうことが正しいとは限りません。

今回ご紹介する『ゴリラの森、言葉の海』は、「我々が現在使っている尺度は果たして、正しいのか」「あるいは、もっと他の見方もあるのではないか」ということを深く考えさせてくれます。

 

この本は、霊長類学者・人類学者である山極寿一さん(2019年現在 京都大学総長)と小説家の小川洋子さん(作品は『博士の愛した数式』他多数)の二人の対談で編まれています。

ゴリラの世界という野生の感覚が色濃くでるフィールドと、小説の世界という空想・想像の地平とが絡まりながら、現実の人間社会の悩みや課題に落とし込まれていきます。

また、尺度について考えさせられるだけでなく、人間と動物の差である「言葉」について、「人間の肉声」と「テキスト化された電子文」とでは、その意味合いは大きく変わってくるという指摘にも、大きな刺激がありました。

「言葉というのはイマジネーションを広げる力があるけれど、その一方で、特に文字になると視覚的な環境を固定して化石化させてしまう。」(本書p131から抜粋)

人間は、何かしらの「ストーリー」を求めています。紙の世界だけでなくネットの世界にも広がっていく言葉たち。

もしかしたら、より多くのストーリーを探すために、我々の祖先は、”ゴリラの森”から”言葉の海”へと足を踏み出したのかもしれないなと思わずにいられません。

現代は、言葉によるイマジネーションだけでなく、電子や量子の世界にまで人間の領域は拡張されつつあります。また、科学技術の発達は生命倫理の分野にまで及んでいます。こういったドラスティックな環境変化を受けている現代の人間社会において、あらためて”ゴリラの森”と”言葉の海”の違い、そして共通点を比べてみることに大きな価値があります。

人間のルーツから、現代社会にまで思考が広がるこの一冊をぜひ一度手に取ってもらいたいと思います。

山極 寿一 1952年生まれ。日本の人類学者、霊長類学者。ゴリラ研究の第一人者で、2014年より京都大学総長に就任。著書に『森の巨人』(歩書房)、『ゴリラとヒトの間』(講談社現代新書)など

小川 洋子 1962年生まれ。日本の小説家。著書に『博士の愛した数式』(新潮社)、『妊娠カレンダー』(文藝春秋)、『ブラフマンの埋葬』(講談社)、『ミーナの行進』(中央公論新社)など