教養

論語の読み方|守破離の書評

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。 慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。 卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。 2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から 様々なビジネスの知見を得る。 現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。 冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。


論語
訳注:金谷 治
出版社:岩波書店

ISBN:4003320211
発売日:1999/11/16
サイズ:14.8cm/406p

『論語』は、儒教の開祖とされる孔子の言説をまとめた書物です。漢文の授業で「子、曰く」から始まる文章を読まされた記憶があるかもしれません。

儒教と聞くと、堅苦しく、古めかしく、何だかカビの生えたもののように感じる人もいるでしょう。

なにせ、孔子が生きた時代は、今から2500年も昔。現代とは大きく違った時代です。世界は戦乱に明け暮れて、社会的にも道徳は廃れ、家庭も乱れていました。

 

うん?あれ?でも、”孔子の時代”と”現代”は本当に何もかも違っているのでしょうか。

 

確かに、孔子が生きた時代と比較すれば、現代は、テクノロジーが大きく進展し、多くの科学的知見も溜まっています。おかげで、私たちは昔からは想像もできなかったような生活をしています。夏場にアイスクリームを食べることができるという贅沢は、まさに科学技術の進展による恩恵です。

しかし、人間の精神世界というか、悩み、生きていくことの辛さ・大変さというものへの対処は、人類の歴史でどれだけ進歩してきたでしょうか。そこには普遍的な課題があるようです。

 

論語では、その普遍的な課題に対して、多くの含蓄ある言葉が、意外にも人間臭く語られています。

なぜなら、孔子は不遇の人でした。本人は一国の宰相になりたいと望みますが、王道を重視した正義の姿勢は、むしろ危険視、異端視されてしまい、各地を流浪することになります。弟子たちに囲まれて在野の人として過ごすことになったのです。

 

苦労人だからこそ、組織の軋轢、他人からの嫉妬、こういった人間の欲望が生み出すものの根深さを理解し、理想だけを追い求めた言説が残っているわけではなく、そこには数多くの血の通った体温を感じる、温もりある言葉があります。

たとえば、

「人にして不仁なる、これを疾むことはなはだしきは、乱なり。」(論語、泰伯第八)

–人が不正をしている様子を憎むことも度が過ぎてしまえば、(不寛容な精神が蔓延して)乱暴な社会になってしまう。–

という言葉。

確かに不正を憎むことは正しいことかもしれませんが、誰かがルールを破っていることに目くじらを立ててばかりいれば、その組織は非常にギスギスしたものになってしまいますよね。

お互いが気持ちよく過ごすために設けたルールだとしたら、そのために仲違いするようになったとしたら、非常に残念な状況ですよね。

「過ぎたるは、猶お、及ばざるがごとし」(論語、先進第十一)

これも同じく論語の言葉。やり過ぎの害に触れているわけです。

 

そして、なにより論語は自分の問題意識によっても様々な読み方ができます。たとえば、この書評のタイトルでもある「守破離」に沿ってみてみましょう。

 

『論語』の「守」・・自分の身近なものに置き換え、自分事にしながら『論語』を読む。

『論語』の「破」・・・自分の身近なところから遠くにある国際情勢や自分の外側にある世の中の理(ことわり)として『論語』を読む。

『論語』の「離」・・・哲学書や聖書など、儒教や東洋哲学から少し離れた書物を読む際の補助線として、『論語』を読む。

 

ぜひ、この機会に『論語』や論語の解説書を手に取ってみてはいかがでしょうか。

 

<孔子についてもっと知りたい人へ>

孔子伝
訳注:白川 静
出版社:中央公論新社

ISBN:4122041600
発売日:2003/1/1
サイズ:15.2cm/317p

金谷 治 1920年2月20日 – 2006年5月5日。 日本の東洋学者。専門は中国哲学。著書に『孔子』(講談社)、『論語と私』(展望社)、『老荘思想がよくわかる本』(新人物文庫)など

白川 静 1910年4月9日 – 2006年10月30日。 日本の漢文学者・東洋学者。著書に『漢字—生い立ちとその背景』(岩波新書)、『詩経—中国の古代歌謡』(中公新書)『白川静 文字講話』(平凡社)など