代替されゆく思考。AI時代を生き抜く力とは。

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。 慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。 卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。 2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から 様々なビジネスの知見を得る。 現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。 冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。

AIの台頭による雇用機会の損失や既存の職業の消失がリスクとして話題になっていますが、これまでも単純労働は機械化によって奪われてきました。

あなたの職を奪うのはAIだけではない」でまとめたように、日本の労働者が従事する職業の大半は今後10年から20年後にAIやロボットによって代替されると予想されています。

それでもなお、単純作業にあたらない「思考する」職業についてはAIによる代替はされないと考えられてきました。

 

ただ、シンギュラリティ(技術的特異点)が訪れると、私達人間の特権であると考えられてきたこの「思考する」という部分ですらAIに代替されると予想されています。

シンギュラリティとは、AIの発達が急激な技術の成長を引き起こし、私達人間の文明に多大な影響を及ぼすとする仮説です。ある優れたAIが発明されると、それ以降生物学的な範疇を超えた思考速度が実現され、人間の思考力が及ばない超越的な知能が誕生するというものです。

これまでの機械化は、あくまで私達が使う道具として発明されてきました。私達人間の「手足の代わりとなるのが機械」というのが前提でした。

ところがシンギュラリティが到来すると、AIは私達の思考よりも優れた速度で処理をしてしまいます。思考すら代替可能となるのです。AIが思考し、AIの手足の代わりとなる機械をAI自身が発明する。そんな時代がやってくるのかもしれません。

この「思考すら代替される」という点が、今までの機械化と大きく異なる点です。

 

シンギュラリティは2045年に到来すると予想されていることから、2045年問題とも呼ばれます。あとたったの30年弱で、AIは私達を超えると考えられています。

 

AIが代替するものの共通点

AIやロボットによって代替されてしまうものを検討していくと、1つの共通点が見えてきます。それは「単純である」ということです。つまり、単純作業や単純な思考がロボットやAIに代替されるということです。

 

例えばレジ打ちのような単純作業は、もうすでに代替され始めています。

2018年1月末に、経済産業省が無人レジの実証実験を実施すると発表しました。実験結果を踏まえて、2025年までに大手コンビニ全店で無人レジの導入を目指すとしてます。

またAmazonは、アメリカのシアトルにレジすら存在しないスーパー「Amazon Go」をオープンしました。商品を店から持ち出すと、スマートフォンで自動決済される仕組みです。

このように、単純作業の代替はすでに始まっているのです。

 

それでは、「思考する」についてはどうでしょうか。

一見この行為は単純ではないように思えます。ただ「単純思考」という言葉があるように、思考にも単純なものがあります。

例えばソフトバンクは、新卒入社のためのエントリーシートの合否判定をAIによって代替し始めているといいます。現在は人間による合否判定と並行利用して人間の判断と相違がないか確認するために使用しており、すでに人間の合否判定とほぼ変わらない精度になっているといわれています。近々エントリーシートの合否判定はAIに任せる方向で進んでいるようです。

人間のエントリーシートの内容を確認して、ある判断基準に基づいて思考し、合否判定をする。このような思考はすでに代替されようとしているのです。

 

単純なものはマニュアル化や言語化され、陳腐化し、AIやロボットに代替される。これが、これからの世の中でますます加速化していきます。

 

AIが思考すら代替する世界で私たちに必要な力

「単純」なものはすでにAIやロボットによる代替が始まっています。

このような世界で、私達に必要な力は何なのでしょうか。

 

単純なものはすべて代替されていってしまいます。しかし、これは逆に言えば、単純ではないもの、つまり「複雑なもの」や「複合的なもの」はまだ代替されないともいえます。

「複雑なもの」や「複合的なもの」とは何か。それは物事を最終的に決定する「判断」や「決断」にあたる部分です。

AIは思考を代替することは出来ても、最終的な決定を下す部分である「判断」や「決断」を代替することは出来ません。それが出来るのは決定主体である「本人」あるいは「自分自身」以外にはありえないからです。

 

例えば先ほどのソフトバンクの例。

エントリーシートの合否判定にAIを導入していると記しました。ただこれは、ソフトバンクが定めた判断基準に基づいて思考し、合否判定を行っているに過ぎません。

つまりソフトバンクの新卒採用でエントリーシートの合否判定を出しているAIは、思考は代替していても判断や決断はしていない、ということになります。

 

AIやロボットが単純なものを代替する世界で私たちに必要な力は、AIが代替できないことです。

つまり私たちは、「複雑なもの=判断や決断」をする力が必要になります。

 

判断や決断に必要なもの

AIには判断や決断はできません。

だからといって、私達にもそう簡単にできるものではありません。

 

私達が判断や決断をするためには、判断軸を見定めるために物事の全体像を理解し、全体像を「デザインする力」が必要になります。

ここで言うデザインとは、単なる意匠にとどまらない、グランドデザイン、つまり全体構造のことです。「デザインする力」とは、グランドデザインを描く力を指します。

グランドデザインとは主に政策や経営を行う際に使われる言葉です。例えば国土交通省は、2050年を見据えた国土づくりの理念や考え方を示す長期的な計画を「国土のグランドデザイン2050」と名付けました。

このような、長期的な視点で将来を見据えて立てる計画やプランなどの大きな枠組みを「グランドデザイン」と呼ぶのです。

このグランドデザインを描くことができれば、私たちは描かれたデザインに沿って判断や決断をすることが出来ます。AIに出来ない判断や決断を私達がするためには、まずグランドデザインを描くことが必要になる、ということになります。

 

もう1度、先ほどのソフトバンクの例を確認してみます。

エントリーシートの合否判定をするAIは思考を代替しています。その思考は、ソフトバンクの判断基準に従っています。そしてこの判断基準は、ソフトバンクの描くグランドデザイン、つまり「これからどんな事業展開をする計画で、そのためにどんな人を求めているか」という大きなプランに沿って決まっています。

この例からも、私達が判断や決断をするためにはグランドデザインが必要である、ということがわかります。

 

戦国時代にも、グランドデザインの必要性がわかる例があります。

武田信玄や上杉謙信といった力のある武将たちが群雄割拠しているなか、もっとも天下統一に近かったのが織田信長です。

歴史に「たられば」の議論を持ち込んでも事実は変えられませんが、もし織田信長が本能寺の変を生き延びていれば、もしかしたら天下統一を果たしていたかもしれません。

なぜなら織田信長は、当時誰も描けていなかった「天下統一」というグランドデザインを唯一人描いていたからです。織田信長がいなければ、戦国時代は長引き、天下統一には更なる時間が必要だったでしょう。

実際、歴史は織田信長が描いた「グランドデザイン」に沿ってその後継者たる豊臣秀吉の手によって「天下統一」がなされ、その路線を引き継ぎ、調整を加えた上で徳川家康による世界史上類をみない空前絶後の「泰平の世」である江戸時代を現出させたのです。

確かに武田信玄や上杉謙信などの名だたる武将の力は絶大だったかもしれません。ただ彼らは「天下統一」を描くことが出来ていなかった。どれだけ力を持っていても、思い描いていないものを成し遂げることは出来ません。

 

どれだけ大きなグランドデザインを描く事ができるのか。会社など組織に限らず個人でも、このデザインする力次第でその後下す判断や決断も変わります。

AIに出来ない判断や決断を私達が的確に行うためには、デザインする力が必要なのです。

 

AIは万能ではない

AIは万能ではありません。

羽生善治永世七冠は、リクルートインスティチュートオブテクノロジー推進室室長の石山洸氏との対談の中で、AIに関して以下のように話しています。

たとえば「接待将棋」という、相手にうまく負けて喜ばせてあげるっていう研究を真面目に研究されている方もいます。接待将棋を指すのって、難しいのです。接待将棋は、基本的に相手の人がどれくらいのレヴェルで、どれくらいの将棋を指すのかを推測できないとできない。力を加減することはできるのですけど、あからさますぎてバレバレになるのですぐわかっちゃう。
AIに仕事が奪われる、みたいな話もありますが、ぼくの答えはいつも決まっていて、「接待ゴルフのような仕事は絶対なくなりませんよ」って答えるようにしています。

接待のような、人の心を読みつつ臨機応変に対応するようなことは、AIが苦手とするところなのです。

 

ニュースによってはAIへの恐怖心ばかりが強調されているものもあるように思いますが、本来は私達の生活を豊かにするために開発されるものです。私達を豊かにするためにAIがあり、AIが出来ない部分は私達が動く。これが健全な姿ではないでしょうか。

 

AIは単純な思考を高速に処理することは出来ても「判断」や「決断」を任せることは出来ません。AIに思考させる上で、判断軸を決める仕事は私達人間がやるべきこととして残り続けます。

AIが台頭する時代で私達が身につけておくべき力とは、「グランドデザインを描き、判断や決断をする力」なのです。

そのためには、小手先の技術ではない本質を見抜き、大局を掴む力が必要不可欠です。

 

あなたは自分の仕事の本質と向き合っていますか。それはすなわち、自分自身と向き合うことに他ならないのかもしれません。

私達人間の本質や感情はどこからやってくるのでしょうか。

AIは教えてくれません。

その答えの先に、人間らしさがあるのだと思います。

 

本質を見抜き、大局を掴むとはどういうことか。

次週、具体的な例を見ていきましょう。

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