あなたの職を奪うのはAIだけではない

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。 慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。 卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。 2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から 様々なビジネスの知見を得る。 現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。 冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。

AI。人工知能。

この最先端技術は現在、様々な分野に活用され始めており、それによる生産性の向上が期待されています。

一方で、AIが私達の職を奪うのではないか、という論調もあります。

2015年に行われた、オックスフォード大学でAIの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授と野村総合研究所などによる共同研究の結果、日本の労働者の49%が今後10年から20年の間にAIやロボット等に代替される可能性がある、と発表されました。

同研究では、AIやロボットによる代替可能性が高い100個の職業を挙げています。一部を以下に抜粋しました。

  • 一般事務員
  • 受付係
  • 駅務員
  • 寄宿舎・寮・マンション管理人
  • 警備員
  • 建設作業員
  • 自動車組立工
  • スーパー店員
  • 新聞配達員
  • 測量士
  • タクシー運転者

今、よく見かけるような職業も、10年から20年後にはAIやロボットに代替されてなくなってしまうかもしれません。AIという技術革新によって、社会の様相は大きく変わります。

 

歴史的に見ると、これまでにも技術革新によってなくなった職業が少なからずあります。

ただ過去になくなった職業を分析した結果、BraveAnswer編集部では、AIのような技術革新以外にも職業が消滅する理由があるという結論にたどり着きました。

  1. 技術革新
  2. 生活スタイルやニーズの変化
  3. 倫理観や価値観の変化

この3つが職業を消滅させ、私達の職を奪うと考えています。

 

AIは未来の話。消滅した職業は過去の話。未来を考えるためにも過去を知ることが大切です。

それでは、過去に職業が消滅した理由について紐解いていきましょう。

 

職業が消滅する理由の1つ目は「技術革新」です。職業が無くなる理由として、技術革新はもっとも容易に思いつくのではないでしょうか。先程触れたAIもこの技術革新に当てはまります。

 

例えば、かつてはピンボーイや電話交換手といった職業がありました。

 

ピンボーイは、ボウリングのピンを元通りに並べ直す職業です。機械化される以前は、人の手で倒れたピンを並べなおしていました。

日本人の手による最初の民間のボウリング場である「東京ボウリングセンター」では、1952年にオープンした当初50人のピンボーイが働いていたとされています。

この職業は、機械化によってなくなっていきました。

 

電話交換手は、かかってきた電話回線をかけたい人の電話回線とつなぐ職業です。かつては電話をかけても話したい人には直接繋がらず、まず電話交換手の元に繋がりました。そこで話したい人の電話回線に繋いでもらい、話すことができるようになるのです。

この電話交換手は、技術革新によって直接話したい人に電話がつながるようになってからなくなっていきました。

 

その他にも、これまで技術革新によってたくさんの職業がなくなってきました。

 

一方で技術革新によって生まれた職業もあります。

例えば携帯電話のショップ店員は、携帯電話が普及するまで存在しない職業でした。それが携帯電話という技術革新によって、携帯電話を売るという職業として生まれました。

電話の技術革新によって電話交換手という職業がなくなりましたが、さらなる技術革新によって携帯電話が生まれ、携帯電話のショップ店員という新しい職業が誕生したのです。

技術革新は、職業を消滅させる力を持つ一方で、新しい職業を生み出す力も持っているといえます。今後も技術革新によって新たな職業が生まれてくるでしょう。

 

ここでもう1度、AIやロボットに代替される可能性が高いとリストアップされた職業を確認しましょう。

  • 一般事務員
  • 受付係
  • 駅務員
  • 寄宿舎・寮・マンション管理人
  • 警備員
  • 建設作業員
  • 自動車組立工
  • スーパー店員
  • 新聞配達員
  • 測量士
  • タクシー運転者

AIは技術革新ですので、これらは全て技術革新によって代替される可能性があるものです。一方で技術革新には、新しい職業を生み出す力もあります。

リストアップされた職業がなくなったとしても、別の新しい職業が生まれてくるはずです。

 

従事する職業がなくなったら、そこで得た知識や経験を活かして新しく生まれた職業に挑戦する、といった選択肢もあります。

例えばタクシーの運転手。

乗客から目的地を聞いて、ただナビに目的地を入れてナビ通りに進むだけのタクシー運転手であるならAIに代替されてしまうかもしれません。

ただ、「この時間帯ならこちらの道のほうが空いているから回り道でも早く着きますがいかがでしょうか。」という提案ができれば、移動するというニーズに「より早く到着する」という付加価値をつけることが出来ます。

法律違反で行政処分されてしまいましたが、得意客に対して車内でビールと肴を無料で提供する「居酒屋タクシー」も、付加価値をつけた例といえます。

このように、付加価値をつけて提案する力を従事している職業で身につければ、たとえ新しい職業に挑戦したとしてもそれまでの経験を活かすことができます。

人が移動するというニーズはなくなりません。それまでに身に着けた経験や知識から付加価値をつけることで、新しく生まれた職業に調整する選択肢を持つことが出来ます。

 

そう考えると、これだけ騒がれているAIも実は脅威ではないかもしれません。むしろこれまでの経験や知識を活かして最先端の職業に就くチャンスと言えるのではないでしょうか。

 

職業が消える2つ目の理由。それは「生活スタイルやニーズの変化」です。

職業はそもそも、あらゆるニーズの上に成り立っています。誰かが何かの解決策を求め、それを解決するからお金になる。それが職業になる。

ニーズが変化するということは、私たちが求める解決策が変わるということです。そうするとその職業は解決する対象を失うので成り立たなくなり、消えていってしまいます。

例えば江戸時代、大名行列の人足という職業がありました。

大名行列とは、大名が公用のために外出する際に人々を引き連れて作る行列のこと。大名が参勤交代のために自分の領地と江戸を行き来する際に、この大名行列を形成します。

大名行列は領地の規模によって人数が決められており、大きな領地を治める大名は数百人の行列を作る必要がありました。そのときに活躍したのが人足です。

彼らは普段から大名に直接仕えているわけではありません。大名行列を作る必要があるときだけ雇われて、武士などと一緒に行列を作ります。つまりは数合わせです。必要なタイミングで必要な人数が雇われていました。

ところが江戸時代が終わると、大名行列がなくなりました。当然人足に対するニーズもなくなります。ニーズがなくなれば職業として成り立たなくなる。自然な流れですよね。

こうして人足の職業はなくなったのです。ニーズの変化によってなくなった職業と言えます。

 

一方で、生活スタイルの変化によって新たなニーズが生まれて誕生した職業もあります。例えば着物の着付け教室。かつては着物を着て生活するのが普通だったので、わざわざ誰かから教えて貰う必要はありませんでした。

ところが文明開化の鐘が鳴り、洋服が浸透すると、着物を着る機会が減っていきます。

和装をしなければならないが、普段は洋服しか着ないため着方がわからない。誰かに教えてほしい。

生活スタイルの変化によってこのようなニーズが生まれ、着物の着付け教室という新たな仕事が生まれました。

 

江戸時代の終焉によって人足は消滅しましたが、その一方で新たに着物の着付け教室が誕生したのです。

 

ただこれは、技術革新で生まれた職業とは意味合いが異なります。

技術革新による変化の場合、消滅した職業の延長線上に新たな職業が生まれました。技術革新は継続的なニーズの上に成り立ちます。電話交換手は技術革新によって消滅しましたが、会いに行けない人と会話をしたいというニーズはなくならなかった。だから更なる技術革新によって携帯電話が生まれ、携帯電話を売る仕事が生まれたのです。

もちろん、電話交換手全員がショップ店員になれるわけではありません。ただニーズが消えない以上、これまでの経験を活かした仕事を選ぶことは可能です。

一方でニーズの変化の場合は、消滅する職業と誕生する職業に関連性がありません。なぜなら、ニーズそのものがなくなったからです。人足はニーズがなくなった影響で消滅しました。同じニーズが復活しない限り、その延長線上に新たな職業は生まれません。

人足は、全く別分野の職業を探すしかないのです。

 

ただ、着物の着付け教室のように、新たにニーズが生まれることもあります。ニーズが生まれればそこに職業が生まれます。

技術革新が進んでいる現代社会では、今後もニーズや生活スタイルの変化は起こるでしょう。

世の中全体の流れを読んで今何が必要とされているのか把握する力を持つことで、新たに生まれる職業を予測することもできるかもしれません。

新しく生まれる職業にチャレンジするためにも、社会全体の流れから新たに生まれるニーズを掴むことが大切なのです。

 

職業が消える理由の3つ目は「倫理観や価値観の変化」です。

 

例えば宦官(かんがん)。

宦官は、主に中国において、去勢して宮廷仕えをしていた人々のことを指します。

かつての中国では、官僚として登用されるためには科挙と呼ばれる難解な採用試験を突破しなければならず、唐の時代には合格率1%から2%とも言われていました。

そんな中、科挙に合格する以外にも宦官になることで権勢を握る道もありました。彼らの中には皇帝の私的な秘書官としての立場以上に出世していく宦官もいました。

14世紀から17世紀にかけて中国の存在した明という王朝では、鄭和(ていわ)という宦官が力を持ちます。明の永楽帝がアフリカに大船団を派遣したときには、指揮を鄭和に任せるほどの力を持っていました。

このように、宦官の中には大きな力を持つ者もいたのです。

ただこの宦官は、中国皇帝制度の崩壊と伴に人道的な観点から消滅しました。

倫理観の変化によって消滅した職業といえます。

 

7歳から11歳頃の少年を去勢することで声変わりをなくし、高音域を出せるようにした男性歌手、カストラートもまた、同様の理由でなくなっていった職業です。カストラートは中世から近世ヨーロッパを中心に活躍しました。

イタリアを中心に教会音楽から生まれたと言われているこの職業。当時女性は教会で沈黙を保たなければならなかったため、教会音楽は声変わりをする前の男声で構成されていました。ただ変声期を迎えると声変わりしてしまい、声質が変わってしまいます。

そこで、声変わりをする前の声を持ち続ける男性が必要となりました。

カストラートは去勢によって男性ホルモンの分泌をおさえ、変声期前の広い音域の声を保ちながらも、成人男性の肺活量を持つことができたのです。未成年男性や女性の歌手ではその歌声を再現できないものと言われています。

ただ人道的な観点から、1878年にローマ教皇レオ13世によって禁止されました。

なお、最後のカストラートは1922年に亡くなったアレッサンドロ・モレスキと言われており、当時の録音が今も残されています。

 

このカストラートも、倫理観や価値観の変化によってなくなった職業といえます。

 

実は、技術革新によって消滅する職業よりも技術革新以外で消滅する職業の方が大きなうねりをもたらすと言えるのではないでしょうか。

技術革新は、その事自体によって新しく職業が生まれますが、「生活スタイルやニーズの変化」「倫理観や価値観の変化」によって職業がなくなった場合、消滅した職業の延長線上に新しい職業が生まれにくいからです。

従来の延長線上に誕生した新しい職業の場合、それまでの職業を活かすことができるでしょう。しかし、延長線上に新しい職業が誕生しない場合、全く別分野へのチャレンジを強いられることかもしれません。

 

スイスでは2018年3月より、「ロブスターなどの甲殻類を生きたまま熱湯で茹でる調理方法を禁止する法律」が施行されます。

動物愛護の観点から施行されるこの法律。イタリアではこれに先んじて、2017年6月に調理前のロブスターを氷漬けで保存することを禁止する判決がくだされています。

この件で直接何かの職業が無くなることはないと思いますが、これまで問題視されてなかった「ロブスターを生きたまま茹でる」という行為が禁止されたことは、倫理観の変化によって世の中や人間の行為・行動が変わっていくことが今後もあり得る、ということです。

「ロブスターくらい問題ないのでは」と感じた人もいるかもしれませんが、例えばこれが犬だったらどうでしょう。苦痛を感じさせたくはないですよね。

犬は食べないとお思いかもしれませんが、日本にもかつては犬を食べる文化が存在しました。今でも世界には犬を使った料理が存在します。

 

これが倫理観の違いであり、世界に倫理観の違いがある以上、倫理観による世の中の変化は必ず起きます。倫理観の変化によって、無くなる職業もあるでしょう。

例えば捕鯨。

捕鯨は日本で昔から行ってきましたが、国際的には批判されています。2010年にはオーストラリアが日本の南極海での調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に反しているとして国際司法裁判所に訴え、2014年に同裁判所が現行制度での調査捕鯨の中止を命じる判決を下しました。

今後捕鯨が全面的に禁止されるような事態になれば、捕鯨を生業とする漁師は別の収入源を探す必要に迫られます。

 

AIによる職業の消滅が叫ばれる昨今ですが、AIなどの技術革新ばかりに目を向けていると足元をすくわれる事になりかねません。

知識労働をしているから大丈夫。大企業に務めているから大丈夫。新しい技術について学んでいるから大丈夫。

そう思っていると、思わぬ角度から変化の波にさらわれることになります。

 

2013年。

公の場での対戦でプロの将棋棋士が初めてコンピュータに負けた年です。

 

1996年。

当時の「将棋年鑑」に、「コンピューターがプロ棋士を負かす日は?」というアンケートがありました。

当時トップ棋士だった加藤一二三九段や米長邦雄永世棋聖は同アンケートにそれぞれ「こないでしょう」「永遠になし」と答えています。当時のトップ棋士ですら、予想が困難だったことが伺えます。

そんな中、永世七冠という偉業を成し遂げ、国民栄誉賞を受賞することが決まった羽生善治永世七冠は、1996年の同アンケートに「2015年」と答えました。

羽生永世七冠のこの答えに関して、自身の著書で以下のように説明しています。

もちろん、これは強い根拠があって言った言葉ではありません。「ハードウェアの向上だけでも、自然に強くなっていく」という話を聞いていたので大ざっぱな感じとして答えただけでした。
しかし、実際にムーアの法則に沿って、コンピュータは進化を遂げ、さらに優秀なプログラマーが多数参戦して、将棋ソフトの今日の強さを築き上げました。

(出典:羽生善治、NHKスペシャル取材班著『人工知能の革新』NHK出版、2017年)

羽生永世七冠は、ムーアの法則から2015年という予想を導き出したのです。

将棋しか見ていなければ、きっとこれほどまでにドンピシャで当てることは出来ないでしょう。羽生善治永世七冠の凄さは、将棋だけでなく、社会や文化、経済など広く世の中に目を向けていることだと思います。

 

例えば羽生永世七冠はAIに造詣が深く、2017年にはNTTグループ副社長の篠原弘道氏とAIについて対談を行っています。

この、視野を広く持って多角的な視点から変化をいち早く察知する力こそが今後必要になってくるのではないでしょうか。技術革新の変化にばかり目を向けていては足元をすくわれてしまいます。

 

大切なのは、多角的な視点を持って倫理観や社会の全体感をつかむことです。大きな視点から世の中全体の流れを掴み、技術革新のみならずどんな変化が訪れるか予想することが求められます。

言い換えれば、視野を広くもって全体の流れをつかむことができれば、世の中の変化に対応することができるといえます。

 

視野を広げよう。変化の波に乗るために。

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