生き方

世界は信じることで成り立っている

1994年生まれ。埼玉県立川越高校、法政大学文学部卒。ライターが記事を作成する行為は「無から有を生み出す行為」であり、無のときにはなかった価値を提供する意味のある行為と感じている。「膨大な知識量と独自の視点で世の中の潮流を見極めるコンテンツメイカー」を目指して活動中。

先日、新宿に飲みに行きました。

夜の新宿は本当に賑やかで、人がたくさんいます。ちょっと怪しい客引きもちらほらいますが、大通り付近は基本的には私のような若者が歩いていても大丈夫です。

あまり遅い時間でなければ制服姿の高校生なども見かけることがあります。

 

先日の飲み会の日も、飲み会に行く途中で数人の女子高生にすれ違いました。

話の流れはわかりませんでしたが、その時にいた女子高生の1人が、「まじそれ信じられなーい!」と友だちに言っているのが耳に入りました。

そのときには特に気にならなかったのですが、後から考えると、この「信じられない」という言葉は中々奥が深いのではないかと思えてきました。

世の中には、無意識のうちに信じているものがたくさんあるのではないかと思います。

少し哲学的な話をすると、あなた自身が今存在しているということも、ある意味で信じていることの1つです。あなたが「自分は存在してる」と信じているだけであって、もしかしたら本当は存在していないのかもしれません。

難しい話をしてしまいましたが、この世の当たり前と思っていることのほとんどは「信じる」という行為で成り立っていると思います。

例えば、地球が丸いということは今や「常識」ですが、全員が宇宙に行って地球が丸いことを確認したわけではありませんよね。

私たちは、宇宙に行って地球を外側から見た人の言葉を信じて、地球は丸いと言っているわけです。

つまり、自分で直接見聞きしたもの以外は全て「信じる」という行為をしています。この世のほとんどは、人間の「信じる」という行為によって成り立っていると言えます。

「トゥルーマン・ショー」という映画があります。主演はジム・キャリー。主人公のジム・キャリー演じるトゥルーマンは田舎で暮らす平凡な男でした。ただあるきっかけで、日常が不自然だと気付き始めます。それもそのはず。トゥルーマンの生活は全て「トゥルーマン・ショー」というリアリティ番組として24時間世界に放送されていたのです。

この映画でトゥルーマンは、自分の住む世界を本物だと信じていました。ただ本当は、自分の奥さんから町の人々まで全員番組のエキストラだったのです。

この映画でも、トゥルーマンの世界は彼の回りの存在を信じるというある意味当たり前の行為によって成り立っていました。

私達の世界が、なぜこの映画のようではないと言い切れるのでしょうか。実は私達の生活も誰かに見られているのかもしれませんし、地球は平らなのかもしれません。

とは言え、この世のあらゆるものを疑っていてはキリがありません。私がここで言いたいのは、すべてのものを疑うべきだということではなく、この世界は皆が信じることで成り立っているのだということです。

私たちは、「考えられる限りそれが正しいとしか思えないもの」を事実と呼びます。地球が丸いというのは、宇宙から見ても天文学的に考えても、ありとあらゆる可能性を考慮してもそうとしか思えないから、「地球は丸い」と言っているのです。

ただそれは、あくまでも「それが正しいとしか思えないもの」です。地球が丸いと信じているだけ。

 

昔は本当に地球は平らだと信じられていました。雨乞いをすれば雨が降ると信じられていた時代もありますし、地震はナマズのせいだと信じられていた時代もあります。

今ではそれは正しくないと考えられています。地球が丸いとわかったときには、それこそ天地がひっくり返るような思いだったのではないでしょうか。

このように、常識が覆される状況は、今の私達にも起こる可能性があることです。

それは何も地球規模とは限りません。仕事でも、このやり方が正しいと思っていたものが通用しなかったり、必ずうまくいくと信じていた施策が失敗に終わったりすることがあります。

まさに常識が覆される状況です。

そこで大切なのは、これまで信じていたものにしがみつくのではなく、新しい考え方を受け入れるという選択肢を持つことです。もちろん新しい考え方が正しいとは限りません。ただそれでも、1つの考え方に固執するのではなく、複数の選択肢があるということを知るだけでも考えの幅は広がります。

これまでの考え方と新しい考え方を見比べた上でどちらかを信じるのと、最初から1つしか信じないのでは大きな違いです。

冒頭で私がすれ違った女子高生が「信じられなーい!」と言っていたのは、もしかしたら新しい考え方を受け入れられなかったときの発言なのかもしれません(さすがに考えすぎですね)。

もし何か常識が覆されるような出来事があったなら、「信じられなーい!」と言ってシャットアウトするのではなく、一度受け入れてみるのがいいのではないでしょうか。

世の中は「信じる」という行為によって成り立っています。新しい考えを受け入れた上で、何を信じるかは自分次第です。

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