生き方

感情的にならないことがより深い感情を生む

1984年生まれ。東京都在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業。編集者。SSW。サウンドクリエイター。編集と並行して、歌もの/アートインスタレーションサウンド/ダンスミュージック等の音楽制作活動を行う。

先日、帰り際にこんな光景を見ました。

 

母親が、3歳くらいの子供にジャンバーを来させようとしているのですが、子供がそれを嫌がって着ようとしません。

母「寒くなるから、〇〇ちゃん、これ着ようね」

子供「やだ」

母「風邪ひいちゃうよ?」

子供「やーだっ!!」

母親は子供にジャンバーを来させようしますが、子供は泣きそうになりながら何故か頑なに嫌がります。

散々スッタモンダした挙句、母がジャンバーを来させることに成功したのですが、その後が微笑ましい。

 

母「(ジャンバーを着て)あったかいでしょ?」

子供「(涙がとまり少し笑って)うん。」

子供はジャンバーを来て母親にくっつくように夕方の街を帰って行きました。

 

なんとも微笑ましい光景です。

子供は母親がジャンバーを着せたい理由がわかっていません。けれど、ジャンバーを着て暖かさを感じるとその理由が感覚的にわかったのだろうと思います。

 

実は、このようなことは大人になってからもあります。

相手の言ったことに反射的に、感情的になってしまうことをしてしまったことはないでしょうか。意図が分かるとなんてことないけれど、つい感情的になってしまう時があるのが人間の性とも言えます。

 

しかし、社会では(親子とは違い)それが決定的に損失になってしまうことが当然あります。

つまり、自分の力で相手の意図をある程度理解する力が求められるのです。

 

では、どのようにすれば相手の意図を汲み取ることができるのでしょうか。

 

『本を読む本』(M.J.アドラー/C.V.ドーレン著)という本があります。いわゆる読書術の名著で、より理解の深い読書のための手引きとなっている本です。

これが、読書の方法論がそのまま、「より深い他者の理解」とつながる普遍的な内容になっているのです。

この本の本質的な一文をご紹介します。

自分の理解を超えた本を読むときこそ、読み手はいっさい外からの助けに頼らず、書かれた文字だけを手がかりにその本に取り組まねばならない。読み手が積極的に本に働きかけて「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手自身を引き上げていくのである。出典:『本を読む本』

ためしに人間関係に置き換えてみましょう。「本」の部分を「相手(人)」に置き換えてみるとわかりやすいかも知れません。

読み手自身が積極的に「相手(人)」に働きかけて「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手自身を引き上げていくのである。

読み手、つまり自分自身が相手が出している情報に積極的に働きかけることが必要だと読み取ることができます。

 

感情的になる前に、まず自分自身が相手を理解しているのか。自分自身をより深い理解へと引き上げているのかは常に問いかけている必要があるのです。

 

理解が深まった後に生まれる感情こそが、より相手に寄り添った深い感情だと言えるのではないでしょうか。

 

『本を読む本』オススメです。

 

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