生き方

探すのをやめた時見つかる

1984年生まれ。東京都在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業。編集者。SSW。サウンドクリエイター。編集と並行して、歌もの/アートインスタレーションサウンド/ダンスミュージック等の音楽制作活動を行う。

毎日を色々とやりながら過ごしていると、だんだんと自分が日常生活という「枠」の中にいるということに気がついてきます。

私も、おかげさまで楽しい日々を送っています。そして、オフィスから電車に乗って帰るときに思うのです。

「あー自分の日常って、こんな感じだな」

と。

もちろんネガティヴな意味ではありません。

 

家があり、仕事があり、人間関係があり。

それらの枠をあるからこそ、基盤ができて生活できるわけです。

枠のない生き方をしている人もいるかもしれませんが、多くの場合はその枠の中で、どう最大限に楽しんで生きていくかを考えているのではないでしょうか。

私たちは大小、様々な「枠」を設定しながら活動しています。

仕事であれば、会社、部署、役職、プロジェクト、タスク。私生活であれば、家族、友人、恋人、掃除当番、ゴミ出し当番などと区切ることでその中の役割を果たすことができるのです。

ひとつのタスクについても同じです。

例えば、この記事を書くということも、「記事を書く」という「枠」を作ることによって思考をそこに向けることができるのです。

そして、それらの大小それぞれの枠をひっくるめた大きな「枠」が冒頭でも述べた日常生活です。

すると、同じ思考を続けることにも限界がありますので、たまにはリフレッシュも必要になってきます。

 

そんな「枠」から少し自由になるヒントをくれる歌があります。

シンガーソングライターの井上陽水氏の「夢の中へ」という曲をご存知でしょうか。

「探し物はなんですか?」という言葉から始まるこの歌は、探し物をしている人に対して「夢の中へ行ってみたいと思いませんか?」と問いかける歌です。

その中で印象的な歌詞があります。

探すのをやめた時、見つかる事もよくある話で。踊りましょう。夢の中へ行ってみたいと思いませんか。

欲しいものを買うため。家賃を払うため、家族を養うため、おいしいものを食べるため、楽しいことをするため。私たちは様々な目的や意味を多重に持って生活をおくっています。

あなたの「探し物はなんですか?」

井上陽水氏は「見つけるためにこの「枠」って必要だったっけ?」と言わんばかりに「探すのをやめた時、見つかる事もよくある」と詞にしています。

もちろん、「枠」をすべて取り払うことは、生活をすべて壊す可能性もあるのでオススメできません。

ただ、少し勇気を出して探すのをやめてみることで(踊りましょう!)「自分が何を探しているのか」「今いる枠の意味」がクリアになり、有効なリフレッシュ方法が見つかることもあるのではないでしょうか。

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