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感じることがあって初めて思考が生きる

1984年生まれ。東京都在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業。映画、音楽、読書をこよなく愛す編集者。ビジネスについて勉強中。

「考えるな。感じろ。」

 

ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』で、リーが弟子に武術を教える時に放つ有名なセリフです。ご存じの方も多いと思います。

ことあるごとに引用されたり、語り草になるこのセリフですが、『燃えよドラゴン』は1973年に公開されたので、すでに40年以上もこの言葉が語り継がれていることになります。

 

ブルース・リーは「考えるな」と言いましたが、ビジネスにおいては「ロジカルシンキング」「クリティカルシンキング」など論理的に「考える」スキルが常に求められています。論理思考がビジネスを進めていく上で必要なことは誰もが認めるところでしょう。

 

では、「感じる」ことについてはどうでしょうか。

 

ブルース・リーの「考えるな。感じろ。」の後には続く言葉があります。

「それは、月を指差すようなものだ!指に集中するんじゃない、さもなくば栄光を掴むことはできないぞ!」出典:『燃えよドラゴン』より(筆者訳)

ブルース・リーは「禅」や「老荘思想」に大きな影響を受けたと言われており、この文言も禅の世界では「指月の喩え」としてよく使われています。

 

「月」と「指」とはなんでしょうか。わかりやすくするために「月」を「心」、「指」を「言葉」に例えてみます。

英語の苦手な人が英語圏の人と会話する時のことを考えてみてください。当然お互いに通じる言葉は多くありません。ただ、コミュニケーションが成り立たないかといえばそうではありません。

こういう気持ちを伝えたいというものがあれば、相手に伝わるものです。きめ細かいことは難しいかもしれませんが、お互いに心(月)さえ見ていれば、大まかな気持ち(好意など)は通じ合うことができます。

 

しかし、言葉(指)にばかり気をとられてお互いの心を見ることができなければどうでしょうか。

「この文法なんだっけ?」「あの単語が思い出せない」「発音が」などと思っているうちに時間が過ぎてしまいます。肝心のお互いの心(月)はどこまで見ることができるでしょうか。

 

重要なことは伝える方法(言葉=指)を「考えること」ではなく、相手の心(月)を「感じること」ということです。

 

ブルース・リーが影響を受けた『荘子』の一節にこのようなものがあります。

道を学ぶときに、多くの人が学ぶのは本である。本は言葉を載せているものに過ぎない。一般に言葉は貴いものであると思われている。言葉が貴ばれるのは、それに意があるからであって、意には何らかの指し示すものがある。その意を指す「本質的なもの」というのは、言葉では伝わらない。にもかかわらず、多くの人々は本や言葉で、本質が伝わるとでも思っている。世の人がそれを貴ぼうとも、それは貴ぶべきものではない。目で見えるのは物の形と色、耳で聞こえるのは物の名前と音だけだ。悲しむべきことだな。人はそんなもので相手の心のうちまで理解できると思い込んでいる。だから言うのだよ。知る者は言わず、言う者は知らず。このことが、世の人に理解されないのだ。出典:『荘子』天道編 第十三 より

言葉には限界があります。本質に近づくことはできても言葉で本質そのものを捉え切ることはできないのです。

 

いわばビジネスにおける「論理的思考」は「指」です。いくら論理的思考を突き詰めても「月」を見ることはできません。

まずは「月」を「感じる」。本質を捉えてから、その本質に向かって思考することで初めて、論理的思考が生きるのではないでしょうか。

 

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