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時間の流れと戦うのか。時間の流れを楽しむのか。

1984年生まれ。東京都在住。慶應義塾大学環境情報学部卒業。映画、音楽、読書をこよなく愛す編集者。ビジネスについて勉強中。

「◯◯時までに、これ仕上げなければ」

「もう、◯◯歳になっちゃったなぁ」

「◯月◯日が最終締め切りです!」

「◯◯歳までにはこうなっておきたいなあ」

 

生活をしていても、仕事をしていても、時間というものから逃れられる人はいません。

実際に現在ビジネス上で盛んに言われる生産性向上も本質的には時間の話です。ひとりひとりの限られた時間という資源の中で、どれだけの成果を出すことができるのか。

また、仕事に限らず、人生も時間が限られているので、歳というものは常に念頭に生活している方も多いのではないでしょうか。

 

常に時間の進行と向き合い、有効に使っていくことで人生は豊かになると多くの人が感じていることだと思います。

 

そんな中で、時間的制約がときに人々を追いつめることも事実です。

太陽が昇って沈む1日24時間という外的な決まりの中で社会は回っているので、この時間に人は合わせなければならないからです。朝の出社の時間。仕事の成果物の締め切り。待ち合わせ。こんなことで頭を悩ませたことがあると思います。

社会で生きている以上、どうしても時間と戦わなければいけない局面が出てくるのは当然です。しかし、時間とうまくやっていく方法はないのでしょうか。

 

実は、誰もが身近に触れているもので時間とうまくやっている事例があるのですが思い浮かびますか?

 

それは音楽です。

 

いつでもいいので、音楽をよく聞いてみてください。

メロディーやハーモニーは常に前に進行しています。さらにリズムはわかりやすいでしょう。時計の秒針のように「ドン、ドン、ドン、ドン(音はなんでもいいですが)」と進んでいきます。

時間の進行を音にして楽しむのが音楽なのです。

 

では、リズムが時計の秒針のように進むと言いましたが、その時間の刻み方は誰が決めるのでしょうか。実は、音楽の時間の刻み方は1日24時間という外的ルールから基本的に外れています。

作者や演奏者の中に流れている心地よいと感じる時間進行をもとに作られるのが音楽なのです。時計の秒針がいくら正確に進もうとも、音楽の時間進行は基本的に影響を受けません。

 

音楽は始まって終わるまでは、その曲独自の時間の流れ方をしています。

「社会的時間」が太陽が昇って沈むという外からの要因で決められているのに対して、音楽的時間進行は「心地良いかどうか」という極めて主観的、内的な要因から決定されているからです。

 

そして、人はその「心地良い」時間進行の中で、メロディーに聞き惚れたり、リズムに合わせて体を動かしたり、手拍子をしたりして楽しむのです。当然気分に合わない時もありますが。

自分で演奏される方はさらに同意していただけるでしょう。

 

音楽の本質は、内的な「時間の進行を楽しむ」ものなのです。一時的に時間の流れを自分のものにして、時間を味方につける行為と言ってもいいかもしれません。

 

音楽の話を進めてきましたが、この内的な時間の流れ方は何も音楽に限ったことではありません。

 

アインシュタインは時間についてこのように述べています。

熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。

このように、主観的な時間というものは、外的な時間とは別の次元でそれぞれに流れています。

 

何でもいいです。読書に没頭している時、ゲームにはまっている時、恋人といる時など、いま何時なのか時間を忘れてしまうことがあると思います。

外的なものに支配されない自分の時間進行があるのです。

 

多くの外的な時間の制約があるからこそ、内的な時間の流れを楽しむ時間ももっと必要だ思う次第です。

以上、クロノスとカイロスのお話でした。

 

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