オピニオン

勝てるアタマの使い方

1983年生まれ東京都在住。青山学院中等部・高等部卒。
慶應義塾大学総合政策学部にて、国際政治学を専攻。
卒業論文で学部優秀論文賞(SFC AWARD)受賞。
2006年住友商事に入社し、海外駐在を含めた実務経験から
様々なビジネスの知見を得る。
現在、歴史を軸にしたコンテンツ作成者として活躍中。
冷徹な分析力で現代社会とビジネスを診断する。

みなさんの通勤時間はどれくらいでしょうか。

15分程度で済む人から片道、1時間以上かかる人まで、いろいろな方がいると思います。

単純に考えると、自宅が会社に近い方が通勤時間が短いということでメリットがあるとされています。短い通勤時間には多くの人が魅力を感じるのではないでしょうか。確かに体力的な面や時間の優雅さなど、メリットと言えると思います。

 

少し視点を変えてみましょう。

日本の多くの企業では通勤手当が出ています。会社の近くの都心よりも、郊外の方が地価も安く広々とした自宅を持つことができます。

そして、デメリットと思われる長い通勤時間も、例えば、本を読む、英語の勉強するといったことに当てれば、生産的な時間に変わります。自宅でダラダラ過ごすよりも通勤時間が長いということをメリットに変える手段があります。

視点を変えることで、メリット・デメリットを逆転することができるのです。

このように物事を一方向から見るのではなく、違った角度から見ることによって、「弱み」を「強み」に変えて大逆転劇を演じた人物がいます。

 

5倍の相手を打ち負かす

「三国志」をご存知でしょうか。紀元180年~280年ごろ(後漢末期〜三国時代[魏・呉・蜀])の群雄割拠していた中国の覇権争いを描いた物語です。

その三国の1つである「魏(ぎ)」を実質的創始者が「曹操(そうそう)」という人物です。曹操は武将としての実力があり、次々に戦に勝利して、その後の三国志への流れを作りました。その代表的な戦に「官渡(かんと)の戦い」があります。

 

「官渡の戦い」は2万の兵しか持たない曹操が、10万の兵を率いる袁紹(えんしょう:後漢の武将)に勝利した戦です。戦において兵の少なさは「弱み」といえますが、いかにして曹操は「弱み」を克服して勝利に導いたのでしょうか。

 

自分の「弱み」によって相手の「強み」を無効化した曹操

まずは曹操と袁紹を比較してみましょう。直感的にイメージしていただくために簡易的なグラフを用意しました。パッとグラフを見ただけでも曹操の不利がわかると思います。(数値は監修者が任意に設定)

(画像クリックで拡大)

A:経済力

経済力という視点では、袁紹は肥沃な北方4州(全13州)をガッチリと領有しており豊富な経済資源を持っていました。それに比べて曹操は荒廃した中央4州を辛うじて領有している状態でした。

B:民心・声望

袁紹は名門出身ということもあり、民心・声望を得やすく人気のある人物でした。

C:動員力

動員力でも、経済力のある袁紹が圧倒的に有利な状態だったと言えます。(曹操:2万人/袁紹:10万人

D:参謀の質量

参謀の質量では、やはり若くして中央政府で出世していた袁紹の人脈が有利に働いていました。

E:武将たちの質量

唯一武将たちの質量では、宦官の養子の息子で荒くれ者だった曹操に分がありました。

 

名門出身で地盤もしっかりした袁紹に比べて、曹操の地盤の脆さ、戦力の少なさなどの「弱み」がわかると思います。唯一曹操が袁紹に勝っている要素は武将たちの質量だけでした。

このままでは曹操は袁紹には勝てないと結論付けざるをえないのでしょうか。

しかし、曹操は自分の弱みに向き合い、袁紹の強みを無効化する戦略を立てていきます。

(画像クリックで拡大)

D:名門出身を無効化

まず曹操は、袁紹の「名門出身」という部分に注目しました。名門出身という立場には、多くの人が集まり優秀な人を集めやすいという優位性があります。ただ、袁紹の同じ名門出身の人材を実力に関わらずに登用する傾向がありました。

曹操は、袁紹に対抗して、名門出身ではないが実力のある人材を積極的に登用しました。結果として実力があるが、チャンスのなかった人材に出世するチャンスが生まれることで、曹操のもとに優秀な人材が集まるようになります。優秀な人材の自分のもとへ動かす流れを作ったのです。

そして、人材の質という面での袁紹の優位性を無効化することに成功したのです。

無名な出身ならではの常識を破る発想でした。

 

A,B,C:経済力・動員力を無効化

曹操のもとに実力のある人材が集まったとしても、まともに戦えば袁紹の優位性は変わりません。それは「肥沃な領土を背景とした経済力」「名声・声望を背景にした兵士の動員力」において袁紹にまだ「強み」があったからです。

そこで、曹操は経済力の必要な「遠征」を避け、自分の陣地で戦う「防衛戦」に持ち込むという作戦を立てます。袁紹はその経済力を背景に遠征を嫌がらないと考えたのです。

相手に「遠征」させて経済力・動員力を消耗させることで、相手の経済力の優位性を減らすことを考えたのです。

 

E:局地戦に持ち込む

(画像クリックで拡大)

実際に、曹操は相手の「強み」を最大限に減らしながら、局地戦に持ち込むことで、自分の強みである武将としての力量を活かしていきました。つまり、経済力・動員力に関係なく、より武将の力量が活かせる小規模の局地戦において勝利を収めていくことで、袁紹の総合力をじわじわと減殺していったのです。

局地戦は、同時に相手を自分の陣地におびき寄せる効果もありますので、相手の力を弱らせながら自分に有利な防衛戦に持ち込むという作戦を立てて実行したということです。

曹操は、結果として約5倍もの兵力差がある袁紹との戦いに勝利することに成功しました。

 

「官渡の戦い」はまさに曹操の「弱み」とされていた部分と向き合うことで、相手の「強み」を無効化することで勝利を収めた戦なのです。

曹操は「弱み」は「強み」になり「強み」は「弱み」にもなるということを実証しました。

 

弱みと強みは表裏一体

改めて「弱み/強み」を考える上で2つのポイントを知っておく必要があります。

1つ目のポイントは「相対性」です。

例えば、世界に生物が自分しかいなかったとします。この状態では「弱み/強み」という概念は存在しません。比較する対象がないからです。つまり、他者との関係性が「弱み/強み」の条件となります。

「弱み/強み」は相対的なものなのです。

 

2つ目のポイントは「視点」です。

体の小さいAと大きいBがいたとします。

この2人が相撲を取った場合、「体が大きい」ことはBの「強み」になりえます。反対に「体が小さい」ことはAの「弱み」とも言えます。

ただ、この2人が競馬の騎手だったらどうでしょうか。競馬の騎手は体が小さい方が有利とされているので、「体格」という観点でいえば「弱み/強み」は逆転します。

つまり、「体格」それ自体が「弱み/強み」を決定づけているのではなく、それをどう使うかという「視点」が重要なのです。

 

「弱み/強み」は相対的なもので表裏一体だということです。

 

どんな強みにも賞味期限がある

曹操は、一般的に優位とされるものを疑い、それをもとに行動して自分の勝機を見つけました。もし曹操が、常識を疑わずに相手の優位をそのまま受け入れていたら、曹操が勝つことはなかったでしょう。

固定化された常識を疑い視点を変えることで、曹操は自分の生き残る道を見つけたのです。

 

現代でも固定化された常識を、そのまま受け入れることは危険です。なぜならば、常識は時代と共に常に移り変わっているからです。

 

「強み」の賞味期限は大体10~20年

常識の変化があるということは、時代の中で「強み」自体にも賞味期限があるということでもあります。

例えば、世界の携帯電話市場で圧倒的にシェアを握っていたNOKIAはスマートフォンの登場で携帯端末事業を売却せざるをえなくなりました。携帯電話端末が市場の中で「強み」とされていた時代はせいぜい20年ほどでしょう。

歴史を見ても、ナポレオンは18世紀末から19世紀のフランスで旧体制を打破して新しい時代を創りましたが、10年で皇帝の座を失っています。他にも多くの独裁者は10~20年でその「強み」を失っています。

 

あなたが現在いる場所の現在の「弱み/強み」はなんなのかということは常に考えておく必要があるのです。

 

時代はさらに速くなっている

 

現代はさらに時代の変化のサイクルが速くなってきています。だからこそ、常に「弱み」から「強み」に発想転換する視点、前向きなマインドと行動が求められているのです。

ビジネススキルでいえば、英語力やブラインドタッチも、10年後には自動通訳やまったく新しいOSによってスキルとしていらなくなっている可能性もあります。

 

現在、「強み」とされている常識について視点を変えてみることで、これから先に本当に必要な能力はなんなのかということも見えてくるのではないでしょうか。

多様な視点を持ち、自分の「弱み/強み」と向き合い、自分が活きる形で自己変革を繰り返すことがこの世界で生き残っていくために必要なことなのです。

 

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