インタビュー:ただ一人、荒野をゆく

1994年生まれ。埼玉県立川越高校、法政大学文学部卒。2017年4月入社の新卒1年目。

BraveAnswer編集部の大島です。

「決断」の対象には、「お昼のお弁当を何にするか」という小さなものから、転職や結婚などの大きなものまで様々あります。その対象の大きさにかかわらず、何かをするという行動には「決断」が必要ですよね。

決断の対象が大きければ大きいほど、最初の一歩が踏み出せない。そんなときに、勇気ある一歩を踏み出すためにはどうしたらいいのでしょうか。

今回は、転職でも起業でもなく、やりたいことを見つけるためだけに大企業を辞めるという決断をした、李東潤(りとんゆん)さんにお話を伺いました。

なぜそのような行動をとることができたのでしょうか?

BraveAnswerでも記事監修を務めていただいている李さんが、勇気ある決断をできた理由についてお聞きしています。

李東潤さんのプロフィールはこちら

 

やりたいことはなに?興味を持つきっかけは最初が肝心

BraveAnswer編集部(以下:BA編集部)李さんは歴史を軸にした各種勉強会やWeb放送への登壇、時事問題の解説でご活躍されていますが、そもそも歴史に興味を持ったきっかけは何だったのですか?

小学4年生のときに見た織田信長の12時間ドラマが、歴史に興味を持った最初のきっかけです。その時の織田信長がとにかく格好良くて、12時間全て見てしまいました。

小学6年生のときに見た映画「シンドラーのリスト」の影響も大きかったですね。この映画は、第二次世界大戦中にドイツのユダヤ人が迫害を受けている中で、シンドラーがユダヤ人に国外脱出のサポートをする、というお話です。

在日コリアンとして、自分のルーツを見つめるきっかけになりました。

私の場合、歴史に興味を持つきっかけは映像だったんです。

 

BA編集部:テレビ番組や映画がきっかけだったんですね。その後、歴史にのめり込んだ理由は何だったのですか?

歴史の人間模様に興味をひかれました。歴史というのは結局人の話ですからね。

先ほどお話したように、私は最初、織田信長が好きでした。織田信長に関する本などを読んでいると、豊臣秀吉や徳川家康などが出てきます。そうすると、秀吉や家康についても興味が出てくる。彼らについて調べてみる。

そうして、織田信長から数珠つなぎに興味が拡散していったんです。もっとたくさんのことを知りたいと感じるようになりました。

シンドラーのリストや自分のオリジンを見つめることによって、日本史にとどまらず世界史や現代史など歴史全般に惹かれていったのです。

 

BA編集部:半年で50回以上もの勉強会を開催されていますよね?歴史勉強会を始めようと思ったきっかけは何だったのですか?

そもそも私は、前職を辞めるときには辞めた後に何をやるのか決めていませんでした。

ただ人に何かを教えるのが好きだったので、前職に勤めているときからボランティアで学習支援をしていたんです。歴史で何かやろうと思ったのは、このボランティアでのある出来事がきっかけでした。

前職をやめる直前の有給休暇消化期間中に学習支援ボランティアに行ったら、ちょうど私が担当している中学生の中間テストが帰ってくるタイミングでした。その子は、普段得意としていない社会の成績がその時は良かったんですよ。ただ理由を聞いてみると、先生のテストの出題の癖を見抜いて点数をとったと言うんです。

ちょうどアヘン戦争がテスト範囲だったので、アヘン戦争について彼に聞いてみると、「アヘンが…戦争が…」。しっかりと理解できていない様子でした。

そこで私は、その子に地図帳を開いてもらい、このように説明しました。

①アヘン戦争はどの国とどの国の戦争?→イギリスが中国に攻め込んだ戦争。
②なぜわざわざイギリスは中国にまでやってきて戦争したんだろう?→有利に貿易がしたかったから。
③どっちが勝ったと思う?→中国よりも小さな島国のイギリス。
④勝敗を分けたのは何だと思う?→技術力の差。

ここまで説明するとその子は地図帳を見ながら「イギリスと中国が戦争して、中国が負けて隣の日本は大丈夫なのかな?」と、興味を持ち始めました。

ここで私は初めて歴史の教科書を取り出してもらい、アヘン戦争の次のページを開いてもらうと、そこには「黒船来航 日本の開国」が出てくるのです。

地図帳を使いながらそれまでの歴史の流れを掴んだ結果、この中学生は自分でその後の歴史の流れに気付き、体感できたことで、歴史を面白く感じてくれました。

 

BA編集部:中学生の子が歴史の面白さに気づけたのは、李さんの解説のおかげですね!

何事も、面白さに気付くきっかけや面白さを伝えてくれる人の存在が肝心だと思います。

例えばサッカー。オフサイドのルールが理解できずに試合を見なくなった人も多いと思います。ただサッカーに詳しい友達と一緒に見ることで、隣でオフサイドのルールを教えてくれて、サッカーの楽しさに気付いたりしますよね。

このように、面白さがわからないものに対して隣で補助線を引いてくれる存在が大事なのです。

私の場合はたまたま織田信長のテレビ番組を見て面白いと感じましたが、歴史に興味がない人はそのような補助線を引いてくれる存在がなかったのでしょう。

私は、歴史の面白さに気付いていない人に対して補助線を引くことの重要性を実感しました。だったら私がそのきっかけを作ろう、と思って今の活動に取り組んでいます。

 

BA編集部:これまでに李さんが開催された歴史勉強会は、経営者の方など延べ300人以上も参加していますよね。きっと李さんの思いが伝わっているのでしょうね。

私は歴史を軸にして勉強会を開催していますが、歴史の話だけをしているつもりはありません。現代社会でどう生きるか、どのように物事を考えていくべきかを検討する上で、歴史というツールを使っているだけなのです。

例えば野球の野村監督の講演を聞きに行く人は、ただ野球の話を聞きたいだけではなく、野村監督の人生哲学などを色々な切り口で聞きたくて講演会に行く人もいますよね。

私も同じで、現代の生き方を考える軸として歴史を扱っているのです。歴史も結局のところ、人間の話、組織の話です。現代に照らし合わせたときにでも、感じ取れるものがあります。

BA編集部:歴史から感じ取れるものがあるからこそ、経営者の方などたくさんの人達が李さんの勉強会に足を運んでいるんですね。

 

大きな決断の背景には過去の延長線があった

BA編集部:商社をやめようと思ったのはなぜですか?

私は辞める前に管理職についていましたが、自分の将来を考えたときに、ぼんやりとその先の人生が見えてしまったように感じました。このままこの会社に勤めたら、「なんとなくこうなるだろうな」と思ったんです。

そこで私は、「これが本当にやりたいことだったっけ?」と悩みました。

 

BA編集部:転職は考えなかったんですか?

最初は転職を考えました。ただ転職サイトに登録したら、現職と同じ職種しか出てこなかったんですよ。30代になって転職するとなると、それまでやっていたことを活かした職種に転職するのが一般的なのでしょうね。

でも私は、現職以外のことにチャレンジしたかったんです。転職という手段が使えない以上、やめてからやりたいことを考えようと思いました。

 

BA編集部:会社を辞めるというのはとても大きなチャレンジだったと思います。

会社の雰囲気や人間関係が悪かったわけではありません。それでも会社から離れたかったのは、何か新しいチャレンジをするには180度環境を変えたかったからなんです。

自分の人生の先が見えたことに、ワクワク感が薄れていました。

このまま同じ会社に勤め続けるのは、例えるのなら整備された山道を歩くことです。歩いていけば休むところもあるしお茶屋さんもある。大企業に勤め続けることは、そんな整った環境の山道を歩くのと同じことだと思いました。

ただ私の場合、整備された山道の先に見えるものよりも、食べ物も給水ポイントもない獣道のような人生の先に見えるものが魅力的に見えたんです。このまま同じ会社にいてなんとなく想像のつく人生を歩むよりも、大変だけどやりたいことをやった人生を歩みたいと思いました。

 

BA編集部:確かにやりたいことができる人生は魅力的ですが、それでも整った環境を捨てる決断はなかなかできないのではないでしょうか。

そのまま同じ会社に勤めたら、あとで自分の人生を振り返ったときに絶対に後悔すると思いました。

先ほどの例えでいえば、整備された山道をのぼりきったとしても、「あの時獣道に進んでいたらどうなっていたんだろう」と思ってしまうと感じたんです。もちろん、獣道に進んだ結果「いかなきゃよかったな」と後悔する可能性もありました。ただ、「この道を選んで本当に良かった」と思う可能性もありますよね。

会社に残って整備された道を進んでも後悔が残ることは分かっていましたから、どっちにしろ後悔が残るのであれば、思い切って獣道に飛び込んでみようと決めました。

BA編集部:辞めるときに本当に迷いはなかったんですか?

先ほど申し上げたように、このまま行っても必ず後悔が残ると思っていたので、辞めるという決断を最初に出したときには迷いはありませんでした。やりたいことにチャレンジしようと肚をくくっていましたから。

ただ、しっかりと自分の意思を確認し終えていたにもかかわらず、「会社を辞める」と上司に言おうと決めていた日の3日前になって迷いが生じました。

 

BA編集部:直前で迷ってしまったんですね。どのような迷いが生じたのですか?

定期的に給料をもらっていて、管理職についていて、部下もいる。こんな素敵な状況で、刺激が足りないというのはわがままなんじゃないか。こんな風に感じたわけです。

ただ「退職するのをやめようかな」と考えていた丁度そのタイミングで、大学の後輩が亡くなったという連絡を受けました。その瞬間私は、本当の意味で退職の決断をすることができたのです。

自分だっていつ死ぬかわからない、だったらやりたいことをやろう、と決心することができました。

 

BA編集部:辞めてからの計画は立てていましたか?

最初は何をしようか決めていませんでした。辞めた後にやりたいことを見つけようと思って、30代にして自分探しの旅に出ようかと思っていたくらいです。最初の2年間くらいはふらふらしようとすら思っていました。

ただ幸運なことに、有給休暇消化中に先ほどの中学生との出会いがあり、やりたいことを見つけることができました。今はやりたいことに夢中になっているので、まさにBraveAnswerの目指す「勇敢な決断」の先にたどり着くことができています。

 

BA編集部:有給休暇消化中ということは、会社を辞める決断をしてからかなり早いタイミングでやりたいことが見つかりましたね。やりたいことが見つかってからは何をしていこうと考えていたのですか?

やりたいことが見つかってもそれがすぐに仕事に結びつくとは思っていませんでした。そこでまず始めたのが歴史に関するメルマガです。

メルマガなら自分探しの旅の途中でも場所を問わずにできるし、インターネットの力で無料で始めることができるので、最初の取っ掛かりとしては、うってつけでした。

文章力を上げておくことはビジネスパーソンとしても決してマイナスにはならないですし。

 

BA編集部:会社を辞めるときに引き止めらましたか?

皆さん快く送り出してくれました。

上司に報告にいったときも、10秒ほど沈黙したあと「李がそういうのなら、しっかりと考えてのことだろうから引き止めても無駄だろうな」と言ってくれました。ありがたいことに、私のことをよく分かってくれていたんです。

「そんな人間関係の良い職場から離れてしまうのが本当に正しいのか」と思いましたが、会社をやめてからも個人的な繋がりは切れていません。むしろ、新しいチャレンジによって新しい出会いもたくさんありましたし、そういう意味でも、やめてよかったんだと思います。

 

BA編集部:確かに、私達も李さんが会社を辞めなければお会いすることはありませんでした。ところで、やめて成功しなかったときのリスクはどのように考えていましたか?

成功の捉え方次第だと思いますが、やりたいことにチャレンジできたという今の状態がすでに私にとっては成功です。

 

BA編集部:経済的には厳しくなっていないんですか?

タリーズコーヒージャパンを創業した松田公太さんは、「創業するときに借りたお金は、たとえタリーズコーヒージャパンが倒産してしまってもアルバイトをすれば返せる」という計算をして創業したそうです。

私がメルマガや勉強会をスタートするということは借金をするわけではないですから、松田公太さんがおっしゃるように、お金がなくなったら何かアルバイトを探せば、なんとか生活できますよね。

そう考えたら、何も恐れる必要はないと肚をくくることができました。

BA編集部:それでも独立と聞くと、仕事とは別でやっている事業が軌道に乗ってから辞める、という人が多いと思いますが?

そうですね。

あとは、もともとやっていた仕事をその後の仕事につなげる人も多いですよね。結婚式のブライダル会場の営業をやっていて、二次会のコーディネーターの会社を起業したりとか。

私の場合は、仕事の延長線上ではなく、子供の頃からの延長線上に今のチャレンジがあります。結局は何かの延長線上なんです。

ただ社会人経験はいい経験になりました。会社に勤めたことで、ビジネスパーソンや歴史を知らない人に対する説明力が身につきました。ビジネスに紐付けることによって、より歴史を身近に、自分ごとに感じてもらえています。それが研究者の方とは違った持ち味になっていると思っています。

 

BA編集部:なるほど。会社を辞めるという決断はとても大きな決断だったと思いますが、子供の頃からの人生の延長線上という意味では、ある意味必然だったのかもしれませんね。

実際、会社員が脇道だったのかもしれません。会社員に向いてないと言われたこともあるくらいですから(笑)。

冗談はさておき、私は時間を自由に使いたいんです。例えば会いたいときに会いたい人に会える状態でいたいし、時間がないを言い訳に自分の可能性を狭めたくありませんでした。少しでも面白いと思ったことにすぐにチャレンジできる環境でいたいと思っています。

 

BA編集部:働くことが毎日を楽しく過ごすことにつながりそうですね。

毎日遊び呆けて暮らすよりも、人生に目的をもって過ごしたほうが楽しいと思うんですよ。私の場合、昔から歴史が好きだった。だから楽しく過ごすための自分探しをしたときに、歴史という答えが見つかったんです。

結論だけつなげていくと、ほぼノープランで大企業を辞めるという突拍子もない選択をしたように見えますが、自分の人生を振り返ると、12時間ドラマを見て織田信長に興奮した小学4年生から今日まですべて同一線上にあるのかもしれませんね。

 

充実した人生を生きるためには?

BA編集部:今後目指すものはなんですか?

もっと人間的な魅力を高めたいと思っています。

 

BA編集部:え、それってどういうことですか?

人間として成長したいんです。

生きるために仕事をする、と言う人がいますが、個人的には生きることは目的にはならないと考えています。なぜなら、人は必ず死んでしまうものだから。

つまり、生きることを目的にしてしまっては、それは絶対に達成し続けられない目的になってしまうのです。じゃあ何のために働くのか。何のために生きるのか。私にとって働くとは、自分の魅力を高めていくための手段なのです。

もし来世があったとしても、お金や知識、地位、名誉などは持っていけない。でも、人格や品格は持っていけるかもしれません。来世がなくても最後の審判があったなら、人間として成長していれば天国に行けるかもしれません。

死後何もなかったとしても、人間としての成長を目指す人生を歩んでいれば、それは豊かな人生になるのではないでしょうか。

 

BA編集部:人間として成長することで豊かな人生を歩みたい、ということなんですね。ただ、自分のやりたいことがあるのに、なかなか決断できない人もいると思います。そんな人に何か言うとしたらどのように声をかけますか?

正直、それぞれの立場があるので一概には言えません。

私の場合は借金もないし、子どももいないし、大企業に勤めていました。恵まれた環境だから大きな決断ができたと言われてしまえばそれまでです。

ただ実際に会社を辞めてみて感じたことは、「意外と助けてくれる人はいる」「やってみないとわからないこともある」ということ。

辞めることも収入がなくなることも大したことじゃないな、と感じました。最悪の場合はそのときにまた仕事を探したらいいのですから。

 

BA編集部:李さんとお話して感じるのは、李さんご自身がネガティブに物事を考えていない、ということです。

なんにも考えていないだけですよ(笑)。ただ、できるだけ前向きな姿勢でいようとは思っています。うだうだしている時間がもったいないですから。

それでも、もっと人生を楽しみたいとは考えています。「楽」という漢字には「楽をする」「楽しい」の2つの意味があります。この2つのバランスを上手く取りながらこれからも頑張っていきたいです。

 

BA編集部:大企業を辞めるという決断はとても大きな決断で、李さんのような人にしかできないと思っていましたが、それは子供の頃からの延長線上での選択の1つだったという事がよくわかりました。人生を楽しく生きるために、過去からの延長線上にある歴史を軸にしたお仕事をされているのですね。何か決断をするときは、自分のこれまでの人生を振り返ってみることが大切なのかもしれません。
BA編集部:李さん、お忙しい中どうもありがとうございました。

 

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