生き方

キャリアアップとは?元保険屋が考えるキャリア

この記事は寄稿記事です。保険の営業職に勤めていた経験を持つAさんが見た、キャリアアップについてまとめています。Aさんによれば、キャリアアップとは、経験値を増やしていくことです。そして自分が社会に及ぼす影響力を広げて行くことです。それは自分の可能性を広げていくことでもあります。ただそれはあくまで手段に過ぎません。結局は誰にも譲れない夢を自分で描いているか、それに向かって突き進める力が自分にあるのかが問われているのです。この記事は、キャリアアップをしたい人、自分のキャリアについて考えている人にオススメの記事です。

就職そのものが目的なのか?

キャリアアップとは何でしょうか。

 

最近ではかつての終身雇用とは違い、転職することが当たり前の時代になりました。

私は学生時代に体育会に所属していましたが、その同期20人のうち、いまでは14人が転職しています。

3割しか同じ会社にいないのです。

その理由は、

  • 上司との人間関係が嫌になった
  • あまりにもブラック企業だった

というケースもありますが、大半は自分の望む人生と会社でやっていることがリンクしなかったということが原因です。

 

最初に働いた会社でがむしゃらになって働いたものの、さまざまな会社の常識に触れ、現実の仕事に取り組むことによって自分の中に違和感が生まれてきたのです。

もちろん就職活動をして、企業をとことん調べて、さまざまな人と相談し、また自分の頭でも考えて企業を選んできたとは思います。

それでも実際に働いてみると、自分が考えていた就職前の会社像と違うということは大なり小なりあって当たり前です。

ただ根本的には、自分の人生での目標、大きく言えば夢についてしっかり考えていなかったということが転職の大きな理由ではないかと感じています。

 

就職活動を始めるのは、当時早い人で大学3年秋頃からでした。

ですが体育会に所属する部員は新4年生になる春先、3月ごろから本格的に動き出していました。

 

部活での4年は最上級生ということで、チームを牽引する重要な役割を求められます。

そのため、就職活動よりもいかにチームを強くするか、そしていかに優勝するかという目の前のことが最優先で、その片手間に就職のことを考えていました。

極端に言えば、どこか興味がある大手企業に内定できればいいという軽い感覚でいるメンバーが大半だったように思います。

文字通り就職するためだけに会社のことを調べているだけで、自分がこの先の人生でどんな夢を実現したいのかという本質的なことを何も考えていなかったのです。

 

働くことは他の誰かになることではありません。

自分だけのオリジナルの人生を歩んでいくことが生きる意味のひとつであり、就職して働くことはそのための手段にすぎないと感じています。

 

例えば、将来自分で会社を起業したいという夢があったとします。

そのために何が必要かを自分で調べたところ、営業力が欠かせないと感じたとします。

その営業力を身につけるためにはどんな会社がいいのかを考え、ここで初めて企業研究が始まります。

この

「夢・目標→必要なスキル→それを身につけるための手段は何か」

という順序で考えていくことがとても大切だと感じています。

 

学生時代の部活のメンバーは、自分ととことん徹底的に向き合い、なりたい自分の理想像を描く作業を学生時代にしてこなかったのではないでしょうか。

いざ働き始めたとき、初めて自分のなかにふつふつと自分の人生の夢や目標のアウトラインが浮かび上がってきたように思います。

そしてここで、いわば本質的な初めての就職活動を始め、転職するというルートを辿ってきています。

 

キャリアアップする、ということも同じでなければいけないと感じています。

なりたい自分像が今の会社で実現できているのであれば、あえて転職する必要はありません。

このままいまの職場で働いていても自分の人生の目標を実現することができないと感じたときに、「ではどうしよう」とその手段を考え始めることが自然です。

自分の理想に近づくために転職していく、キャリアを変えていく、ということが本当の意味でのキャリアアップではないでしょうか。

 

 

毎日楽チン。それでいいの?

かくゆう私もマスコミから外資系保険会社に転職しています。

ただ今思うと、これだけ夢が大切だと言いながら、目先のことに囚われて、人生の目標、なりたい自分という本質的なところから転職を考えていなかったと感じています。

 

自分が掲げていたなりたい自分像は「癒す男」でした。

学生時代から周りのメンバーを動機づける、勇気づけることが人より得意だと感じていた自分は、社会のなかでそんな役割を果たしたいと感じ、マスコミという職を選びました。

 

マスコミの仕事はとても楽しかったです。

ミーハー気質の私は、有名人に会えたり、取材でさまざまなところに行かせてもらったり、番組を制作したりと、多くの経験をさせてもらうことができ、それはそれは毎日楽しく過ごしていました。

 

ただ私は根っからサボり症で、学生時代から監督の前ではダッシュを早く走っていたものの、監督のいないところでは手を抜くタイプでした。

よくないことですが、職場の上司も厳しい人が誰一人としておらず、「こんな人になりたいな」という理想の人物はフリーのカメラマンしかいませんでした。

「こんなにラクしてたらまずいな」とギアをあげ、自ら仕事を作ってきてはいたのですが、長続きしませんでした。

日々の楽しさにかまけてとてもとてもラクをして仕事をしていたと今感じています。

 

このままでいいのだろうか?

日々過ごしているうちに将来への不安がふつふつと自分の中に生まれてきているのを感じ始めていました。

 

 

ちっぽけな存在

そんな私に転機が訪れたのは東京支社への異動でした。

以前は番組制作や記者として勤務していましたが、今度は営業です。

ここで私は、会社そのものも、私自身も日本全国から見たら米粒のような小さな存在であることを知ります。

 

マスコミの営業は広告主から広告代理店を通して広告を出稿していただく、そのつなぎ役のような役割をしています。

ただそこに自分がいる意味というのは、会社の売上数字から換算すると1%にも満たないものでした。

 

例えばあるビールメーカーがクライアントだったとします。

私の役割としては、このビールメーカーからの広告をいかに増やしていくか、広告の単価をいかに上げるかが望まれています。

 

ただ広告というものは曖昧なもので、広告だけで商品が売れたということはほとんどなく、私が頑張ったからといってその商品が自分たちの地区だけで売れたということが厳密にはわかりません。

また毎年クライアントの広告予算は決まっており、その予算を元に広告代理店と毎年の広告量を事前に話あっているため、自分たちマスコミはそれに従わざるを得ないのです。

しかも全国にあるマスコミの数は、テレビ、ラジオ、新聞など合わせると300社以上あり、私がいた会社も私も、会社規模からしてとても小さな存在だったのです。

 

そんなこと就職する前にわかるのでは?と思われるかもしれません。

当時の私の企業研究はこんなこともわからないレベルにしか過ぎなかったのです。

 

東京支社では大手のマスコミの方々と交流する機会が数多くあり、自然と情報も入ってきました。

クライアントから広告代理店を通して行う仕事量は、広告額から見ると20倍以上も違いました。

 

同じ広告主の同じキャンペーンでの広告額は、自分の会社は10万円、かたや大手マスコミは200万円ぐらいというのが当たり前でした。

また給料も、同じ年齢にも関わらず1.5倍ほど違いました。

 

仕事もラクなことに加え、仕事の規模も給料も大手マスコミとは比較にならない小さなものだという現実を目の当たりにし、「このままでいいのだろうか」という感情が「このままではダメだ」という意志に変わっていました。

 

 

 なりたかった自分はこれ?

転職を考えるようになったのは、仕事は同じことをしているのに、所属する会社で仕事の規模も、そして給料も変わってしまうという虚しさが自分のなかで一番大きな要因でした。

 

そんなことを考えているときに、外資系保険会社に勤める学生時代の同期とご飯を食べに行く機会がありました。

友人はビシっとしたスーツに高級時計、カフスもつけて以前とは全く違った印象でした。

外資系保険会社の仕事のことや会社のことなどを聞いているうちに、その話に引き込まれている自分がいました。

会社の規模に関係なく、自分の力で仕事の規模を変えていくことができること。

またそれに応じて給料も増えていくというところに大きな魅力を感じていました。

さらに「癒す男」という自分の理想像についても、保険というものが人の不幸という人生でも最大の苦境に対し、経済的にその人を支える存在になることで果たせるのではないかと感じていました。

 

ただ今思えば、自分が本当に惹かれていたのは給料面だったと思います。

マスコミの仕事で自分の会社と自分の存在の虚しさを感じていましたが、仮にそれでも給料が大手マスコミレベルでもらえていれば転職は考えなかったと思います。

保険と自分の理想像との兼ね合いは、一度自分で冷静に転職することを考えたときの後付けでした。

 

とにかく今の閉塞感から抜け出したい、自分の同期もやってるんだから俺にできない訳はない。

自分のなりたい理想像を実現できるという自分の生き方を基準にした転職ではありませんでした。

「お金」という自分を飾る上での必要なツールを手に入れることが目的だったといま感じています。

 

自分自身ではなく、自分の外に見えるものを基準に転職したとしてもいずれ無理が出てきます。

もちろん外資系保険会社で、ある程度の実績とサラリーマンでは考えられない収入を得ることはできました。

ただ幸せではありませんでした。

楽しくなかったのです。

 

保険を通して顧客になっていただいた人には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、そうした自己矛盾と付き合わなければいけない状況では自分の身が持ちませんでした。

お金は大切です。

ただ、お金の存在が自分のなりたい理想像そのものではなく、自分を作るひとつのツールに過ぎません。

それがいつのまにか自分の目的そのものになってしまっていたのです。

 

 

給料が下がる転職はあり得るか?

自分の理想に近づくために仕事を変えるという人は多くいると思います。

かつてとは違って転職することが当たり前になり、どの企業も優秀な成果を残す人材を求めています。

転職サイトも数多くあり、転職市場はかつてよりも活況です。

 

ただ自分の年収が下がってでも転職する人、特に自分の理想像をきっちり描き、その生き方に近づくために年収ダウンを受け入れて転職する人はどれぐらいいるのでしょうか?

 

自分の年収が下がってもいいから自分の理想の働き方を選んだ人といえば、最近では元メジャーリーガーの黒田博樹氏です。

黒田氏は2014年までプレーしていた大リーグのヤンキースで年俸20億円のオファーを受けていました。

「野球人生最後の決断として、プロ野球人生をスタートさせたカープで、もう一度プレーさせていただくことを決めました」

広島カープが提示した金額は4億円でヤンキースの提示額の4分の1です。

 

普通ならヤンキースを選択するのが当然でしょう。

ですが黒田氏は日本球界復帰の道を選びました。

 

まさに報酬よりも自分の生き方、なりたい自分という人生のあり方を優先させた転職だったと感じています。

この黒田氏のように、年収がダウンする転職を選ぶ決断はできますか?

 

 

意外に多い報酬ダウン転職

大手転職サイトの調査では、転職の目的はもっとも多いのが「給与・待遇への不満」です。

ただこうした不満があるにも関わらず、現職よりも報酬が下がる転職をした人は全体の3割を超えてるという調査結果でした。

 

人材コンサルタントの分析では、この報酬ダウンの転職は大きく「逃避型」と「前向き型」の2つあるとしています。

 

逃避型は

  • 上司や同僚との人間関係が耐えがたい
  • 仕事で結果が出ないために居場所がない

など、今の職場から抜け出せるなら待遇は気にしないという人です。

自分の生活を重視するワークライフバランスを保ちたいという人も多く、黒田氏の決断とは全く異なります。

 

一方で前向きに報酬ダウンを受け入れる人は、それなりに理由があるそうです。

報酬ダウンで生活レベルを下げ、そのままでかまわないという人はあまりいません。

報酬ダウン転職を、将来的に得られる対価への「投資」と考えている人が前向き型の傾向だと分析しています。

 

例えば、大学時代から尊敬していた先輩が立ち上げた会社にジョインすることになった人が紹介されています。

都内に実家があり家賃がかからないという条件もあるようですが、先輩社長からストックオプションを付与されており、下がった年収を将来的に取り戻すことは可能だと言っています。

(ストックオプションとは立ち上がったベンチャー企業の新株予約権のことで、株式公開できれば大きな利益が得られます)

 

ただ、黒田氏が何か見返りがあるから年俸ダウンの提示を受け入れたかというとそうではないと思います。

契約に将来の指導者の道まで記載されていたかどうかはわかりません。

ただ少なくとも黒田氏は、生まれ育ててもらって広島カープとそのファンに、自分の体が動ける間に貢献したい、恩返しがしたいという思いだけだったと思います。

自分の力が発揮できる時間は長くはないので、最後に広島カープが優勝することに貢献したいという、まさに自分の生き方本位だけで決断したのだと思います。

 

 

自分を突き上げるもの

これは思いの違いなのだと感じます。

何の見返りがなくても、リスクをかけてでも、それでも本当にやりたいこと、実現したいこと、なりたい自分があるかないかの差なのだと思います。

 

自分のことで言えば、外資系保険会社に転職したのは報酬という見返りを求めてのものでした。

フルコミッションの個人事業主だったのでリスクはそれなりにあります。

ただ、いざ収入が上がり、生活レベルが上がり、牛丼が寿司に変わったとしても、全く満足していませんでした。

それよりもむしろ、「あれ?こんなことしたかったんだっけ?」と疑問が湧いてきました。

 

大切なのは、自分の原点です。

自分はどうなりたいのか?

どこかテレビや雑誌で見たような、他の誰かの人生に憧れを抱く気持ちもわかりますが、そんな他人の描いた人生をなぞりたいですか?

 

自分で描いた自分だけのオリジナルの夢。

それに向かって突き進む力を身につけるためにキャリアはあるのだと私は感じています。

 

夢や目標が描けないという人はまだ気づいていないだけです。

世間体とか人の目とか期待とか、何かに囚われているだけです。

それらをとっぱらえる経験をした時に、本当に自分が心から望んでいることが見えてくると思います。

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