シェリングとは?同一哲学を考える!

シェリングはドイツ観念哲学を代表する哲学者のひとりです。シェリングの哲学はドイツ観念哲学の全体像をとおしてみることでわかりやすくなります。哲学では、前の時代の常識を批判し乗り越え、新しい体系を作るものです。これは自分の人生やキャリア切り開くうえでも、参考になる考え方です。シェリングを通して哲学の流れを体感してみてはいかがでしょうか。この記事ではシェリングについてまとめました。

シェリングとは?

シェリング(1775~1854)は、ドイツの哲学者です。

 

シェリングを理解するには、

カント
⬇︎
フィヒテ
⬇︎
シェリング
⬇︎
ヘーゲル

というドイツ観念哲学の流れがあるということを理解する必要があります。

シェリングは、哲学史の中でも巨人とされる、カントとヘーゲルを思想的に結ぶ役割を果たしたといえます。

 

では、ドイツ観念哲学とはどんなものなのでしょうか。

 

カントから始まるドイツ観念哲学

ここでは、シェリングを理解するためにドイツ観念哲学を簡単に説明します。

ドイツ観念哲学は、古代ギリシア哲学とならぶ、哲学史的にもっとも重要な山のひとつです。

 

ドイツ観念哲学は

  • 知識の確実性をどこに求めるか

という問いにたいして、現在にもつながる見解をだしました。

 

カントの業績

カントは、「知識の確実性をどこに求めるか」の考え方として、それまであった

  • 大陸合理論:観念の中に真実がある(観念的)

をもとに、自然科学の発展によって台頭してきた

  • イギリス経験論:実世界の中に真実がる(科学的)

を融合させ発展していきます。

 

重要なことは、世界の認識の仕方を変えたことです。

 

カント以前の認識論

カント以前は、精神も物体もふくめた世界にあるあらゆるもの(物自体)の存在は絶対的なもので、それらを人間が認識する根拠を

  • 合理論は観念に(生得観念は神が与えた)
  • 経験論は自然科学に(心は白紙で生まれる)

求めてきました。

 

つまり、物自体を起点(根拠)にして、どこに真実があるのかということが論争されてきたのです。

この意味で、合理論と経験論は両者ともに不十分で相容れぬ関係でした。

 

ドイツ観念哲学の誕生

しかし、カントは、物自体を起点(根拠)に考えるのではなく、それらの認識の仕方自体は共通しているのではないかと考えたのです。

 

つまり、それらを認識する構造である「自我」は両者に共通する普遍的なもので、

  • 「自我」こそが「知識の確実性」の根拠である

と考えたのです。

 

これが、ドイツ観念哲学の軸にある考え方です。

そして、続くフィヒテ、シェリングはさらに強く「自我」に根拠を求めていくことになります。

 

自然哲学も「自我」に組み込むフィヒテ

シェリングを理解する上でフィヒテはさけて通れません。

簡単にフィヒテを理解してから、シェリングに行きましょう。

 

カントは「自我」を認識の根拠とする過程で、物自体は「自我」の外にあるものとして考えました。

しかし、フィヒテは、物自体も「自我」の内にある、いわゆる一元論を、考えたのです。

 

物自体とは、精神も物体もふくめた世界にあるあらゆるものです。

フィヒテは、世界のあらゆるもの(たとえば今目の前に見えている木や空)も、自我が作ったものであると考えたのです。

 

「自我」が絶対的なものであるということです。

 

そして、ここからがやっとシェリングの登場となります。

 

 

シェリングの思想は?同一哲学とは?

フィヒテの考える世界が、すべて自我が作っているのであれば、すべてうまくいくはずの世界ですが、実世界はそうではありません。

フィヒテはその障害を「非我」と名付けます。

 

フィヒテは自我を、障害=非我を乗り越えて、絶対我へ向おうとするものだと考えたのです。

つまり

  • 自我
  • 非我

を対立するものだと考えたということです。

 

シェリングのフィヒテ批判

シェリングはおおかたのフィヒテの哲学を引き継ぎながら、絶対我について批判しフィヒテの哲学を発展させていきます。

 

それは、絶対我という完璧な自我の世界があるのならば、非我に邪魔されるというのはおかしいということです。

そして、そのような完璧な自我があるならば、もはやそれは「自我」と呼べるようなものではなく、絶対者になってしまうということです。

 

同一哲学とは

そこでシェリングは、フィヒテが非我とする自然を、自我から独立して考えることをから始めます。

 

そして、自然と精神の根底には同一する絶対者の存在があると考えました。

 

自然と精神に根底に同一の絶対者を想定することで、「自我」における自然と精神の同一性を説明したのです。

 

これを「同一哲学」といいます。

 

シェリングが同一哲学にいたる背景

シェリングが、自然と精神に同一の絶対者を想定するにいたる背景には、自然科学の発展があります。

 

当時は、とくに電磁気学、化学、物理学などが目覚ましく発展していく時代です。

たとえば、シェリングの時代は、酸素の発見により、原子の化合と分解で燃焼という現象を化学的に説明することができるようになっています。

 

シェリングは、これらの自然科学を観念論的にとらえました。

つまり、物質も、化合などにみられるように統一しながら上昇しているということから、無機質的なものではなく有機的なものととらえられるようになったのです。

 

精神性の低い段階から、精神性の高い段階への上昇運動として精神と同様に自然についてもとらえるようになったのです。

 

しかし、それゆえに晩年は神秘主義的な思想に発展していったとの評価もあります。

 

シェリングの著作は?

シェリングの著作では

  • 『人間的自由の本質』
  • 『ブルーノ』

など多くが現在も読むことができます。

シェリングは同一哲学の過程で、芸術家こそが絶対者を直感し作品の中に定着しうるというようなこともいっています。

芸術的な観点も持っているということは興味深いですね。

 

哲学は流れをとらえることで理解

シェリングは、ドイツ観念哲学のなかで、カントからヘーゲルへの橋渡しのような役割を果たしました。

このようなシェリングの立場は、哲学の流れをとらえなければ中々理解することが難しいでしょう。

 

哲学は、前の時代の定説を批判し、乗り越えるということで、その歴史を進めています。

これ以上、批判の余地がないということでも疑って考えるのです。

 

シェリングも、そのような立場で次の時代へと思想を送りました。

そして、ヘーゲルによってさらに乗り越えられ、ドイツ観念哲学は完成したといわれています。

 

自分の人生、キャリアにも役にたつ

このような流れをとらえることは、現在の私たちの人生、キャリアを考えるうえでも重要なことです。

現在、自分を支配している常識は何でしょうか。

 

哲学を学ぶことで自分で考え切り開いていく力を養ってみてはいかがでしょうか。

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