銀行

【銀行の業界知識】銀行業界の歴史は?主要な人物まとめ

銀行業界は護送船団方式で日本の高度経済成長を支えたが、バブルで崩壊しました。その後、金融緩和が次々と行われ、銀行業界は変化していきます。現在、最も影響力があるのは日銀総裁の黒田氏です。銀行業界の変遷の歴史をご存知でしょうか。銀行業界は金融行政に影響を受けながら今日まで続いています。この記事では銀行業界の歴史、主要な人物についてまとめました。

銀行業界の歴史は?

shutterstock_323501669

銀行は日本経済を支える役割を担っています。そのため銀行は公共性が高いとされ、政府介入が多い業界だといえます。銀行の歴史は、時代の転換点を迎えるたびに政府が銀行に対して行った施策の積み重ねでもあります。

概観として、戦後以降の銀行業界の流れは保護主義から自由資本主義へと移行しています。銀行の歴史は大まかに区切って3つの時代があったといえます。以下の3つです。

銀行の歴史区分

  1. 第2次世界大戦後の銀行中心の金融システム
  2.  1996年から始まる金融ビッグバン
  3. リーマンショック以降のグローバル化

1.第2次世界大戦後の銀行中心の金融システム

shutterstock_207078817

日本経済をいち早く安定的に復興させるために、政府は競争制限的な規制を設けることで、資金配分と金利体系を管理することに重点を置きました。

銀行を金融制度の中心に据え置き、証券や信託銀行、信用金庫など専門金融機関の分離体制を築きます。その後業務内容や店舗運営など、様々なことに関して規制を設けていきました。

規制によって体制や業務内容を縛ることで、他業種からの参入はほぼ不可能となりました。

また、護送船団方式と呼ばれる体制を確立します。護送船団方式とは弱小金融機関が破綻しないように監督官庁が金融業界全体を管理・指導して収益を確保していく体制を指します。たとえ競争力が低く通常なら経営破綻する場合でも、監督官庁が主導して他の金融機関との合併を斡旋してくれます。

「銀行業界は潰れない」という言葉は護送船団方式によって造られた言葉です。

人々は銀行にお金を預けて、銀行は預かったお金をもとに大企業へ貸し出すサイクルが出来上がってきます。護送船団方式は銀行業界に安定をもたらすことになり、高度経済成長期を推進したと言われています。

ただ、護送船団方式によって銀行の健全性に対する追及は全くありませんでした。こうした保護下でバブル崩壊を迎えた銀行が相次いで経営破綻し、護送船団方式が崩壊しました。

 

2.1996年以降の金融ビッグバン

shutterstock_16955317

1996年橋本内閣は欧米に遅れをとった金融自由化を推進し、東京証券取引所をニューヨークやロンドンと肩を並べるような市場にすることを目標に金融ビッグバンを実施します。

護送船団方式のもとで発効された過保護な政策は撤廃され、金融機関は相次いで再編・経営破綻していきます。

金融ビッグバンでは主に以下の3つを改革の原則としています。

  • フリー(市場原理が働く自由な市場)
  • フェア(透明で信頼のできる市場)
  • グローバル(国際的で時代を先取りする市場)

上記の原則をもとに、様々な分野において規制を緩和しました。具体的には、提供できる商品・サービスの拡大、外国為替取引の完全自由化、法整備、会計整備などです。

また、約1200兆円にもなる個人貯蓄の効率的な運用が掲げられました。従来の間接金融中心の日本の金融システムを直接金融型のシステムに方向転換、すなわち貯蓄から投資への転換が打ち出されます。

 

 3.リーマンショック以降のグローバル化

shutterstock_133778564

2009年にアメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、リーマンショックと呼ばれる恐慌が世界経済を襲いました。日本経済にも打撃を受けましたが、欧米ほどではなかったため銀行は国際競争力を高めるきっかけになりました。

銀行は海外展開に力を入れており、ますますグローバル化が進むと考えられます。

 

主要な人物は?

shutterstock_427591999

現在、銀行業界において最も影響力がある人物は日銀総裁の黒田東彦(くろだはるひこ)氏です。

日本銀行は日本の中央銀行であり、金融政策を施行している銀行です。これまで見てきたとおり、普通銀行は金融政策に影響を受けやすいため、日銀の動向には常に注目しています。

黒田氏は東京大学法学部を出てオックスフォード大学にて経済学研究科修士課程を修了しています。2013年に日銀総裁に就任しました。2018年4月までを任期としています。

黒田氏は2%の物価目標をもとに一貫した金融緩和政策を打ち出しています。

  • 2013年の量的・質的金融緩和策
  • 2016年のマイナス金利付き量的・質的金融緩和策

黒田氏による金融政策の変遷

黒田氏が日銀総裁に就任した2013年4月に量的・質的金融緩和政策を導入しました。当時、量的・質的金融緩和政策は従来にない新たな金融緩和であったため、異次元緩和と呼ばれました。

量的・質的金融緩和政策では、金融政策の対象を金利からマネタリーベース(資金供給量)にシフトしました。また、質の面では長期国債や上場投資信託など様々な金融資産を買い入れることで資金供給量が増えます。すなわち量に重点を置いています。

ただ、量的・質的金融緩和策導入の際の目標であった「2015年以内に2%の物価安定の目標」は実現に至りませんでした。

そこで黒田氏は2016年1月にマイナス金利付き量的・質的金融緩和策を導入します。マイナス金利付き質的・質的金融緩和策は銀行に大きな影響を及ぼしています。

普通銀行は通常、日銀にマネーを預けなければならないのですが、政策を導入したことによって預金の一定額の金利がマイナスになります。

すなわち銀行は日銀にお金を預けているのに管理費を支払っているようなものです。結果、預金や貸出金に付く金利が低下しました。また短期国債の金利もマイナスに陥るようになり、銀行の収益を圧迫する要因になっています。

2%の物価目標を達成するまで続く見込みですが、金融機関がどこまで耐えることができるのかが焦点です。

 

銀行業界を取り巻く流れの変化

shutterstock_51017665 (1)

銀行は戦後以降から日本経済の成長の担い手という役割は変わりませんが、銀行を取り巻く環境が大いに変化していること理解できたと思います。

また、他業種から銀行業界への参入であったり、技術革新による業務変化であったりと様々な変化が現在起きています。銀行は今後においても変化に対して柔軟に対応していく力が求められています。

あわせて読みたい

カテゴリー