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2019.11.11
2019.11.11
スピノザ(1632〜1677)は、17世紀のオランダの哲学者です。
フルネームは、バールーフ・デ・スピノザといい、ラテン語名のベネディクトゥス・デ・スピノザの名でも知られています。
合理主義的汎神論の代表的な思想家です。
アムステルダムの由緒あるユダヤ人家庭に生まれますが、23歳の時に旧約聖書を正統派とは異なって解釈したためにユダヤ教団から破門されます。
以後、転居を繰り返しながら執筆活動を行いました。
スピノザは、顕微鏡や望遠鏡を作る光学研究者であったことも知られています。
一説によると、当時最新技術であったレンズ磨きによって生計を立てていたともいわれています。
光の波動説を唱えた物理学者ホイヘンスや、画家のフェルメールにレンズを提供したという説も残っています。
スピノザは多くの名言・格言を残しています。
ほんの一部ですがご紹介します。
スピノザの思想をイメージするきっかけになるのではないでしょうか。
自らの激情を、抑え切れない人間は、もはや、主人ではなく、奴隷であろう
理解することは同意することの始まりだ
愛は、憎しみで始まった場合の方が、より大きくなる
悪徳を非難するよりは徳を教える方がよい
高慢は、人間が自己を他の人よりすぐれていると思うことから生じる喜びである
幸福は徳の褒賞ではなくて、徳そのものである
それでは、スピノザの代表する主張である、汎神論について見ていきましょう。
汎神論(はんしんろん)の「汎」とは、
という意味があります。
そして、スピノザのいう汎神論は、この世界に存在するすべてのものは神の一部であるという考え方です。
という考え方と
という考え方の違いを考えます。
すべてのものを神が創るということは、神がすべてのものよりも先に存在していた(=すべてのものを超越している、世界の外にいる)ことになります。
一方で、すべてのものが神の一部ということは「神=すべてのもの」ということになります。
つまり、スピノザにとっての神は世界を超越しているものではなく神は世界そのものということです。
「神=世界そのもの」という考え方が何を意味するのでしょう。
神は世界全体のことであり、世界に存在しているものすべてが神の一部です。
私たちが目にしたり感じたりする事の出来る実体のあるものは全て神の一部ということです。
つまり、人間も神の一部ということになります。
それは、人間の行動すべても神の一部がしているということであり、例えば罪を犯すことも神の意志ということになります。
言い換えると人間の自由意志はないということもできます。
スピノザの代表的な著作として、
があります。
この本は、スピノザの死後出版されました。
エチカの原題は
といいます。
宗教的な考え方が主流だった17世紀において、スピノザの考え方は異端でした。
その異端の考え方を、当時も一般的に馴染んでいた科学的な幾何学という方法でアプローチすることで、証明しようということです。
つまり、ユークリッドの幾何学教本のような体裁をもち、定義と公理、そこから導出される定理、その証明という順序で書かれているのです。
なぜ、スピノザはわざわざこのようなアプローチで本を書かなければいけなかったのでしょうか。
そこには17世紀の時代背景があります。
スピノザは
「歴史上最も過激な思想家」
と呼ばれていました。
スピノザが生きた17世紀の時代背景としては魔女狩りがありました。
魔女狩りとは
「悪魔と結託してキリスト教社会を企む背教者を新種の魔女として断罪し、処刑する」
ことです。
つまり、スピノザの時代はキリスト教に反することをいうと処刑される可能性があるほど、宗教的考え方の強い時代でした。
そんな中スピノザは、聖書の神的起源(すべてのものよりも先にあった、すべてのものを超越していること)を疑っていました。
キリスト教に反することを言っていたのです。
スピノザはその当時、処刑の可能性があるような考え方を主張していたのです。
ただ彼は考え方を貫き通しました。
現在でも一般的な考え方である、言論の自由を初めて唱えた思想家でもあるのです。
どんなに権力に都合の悪いことでも正しいと思ったことを言う権利があると考えたのです。
そんなスピノザは、権力を持っていた正統派神学者たちに弾圧を受けました。
「エチカ」がスピノザの死後に出版され、わざわざ幾何学的アプローチをとって証明するという形で書かれたのには、宗教的背景があったのです。
一方で、スピノザを評価する有力者や思想家が同時代にいたこともわかっています。
ただそれは彼の過激な思想を一般化するほど大きいものではありませんでした。
スピノザは、当時常識とされていた「世界は神によって作られた」という考え方にとらわれず、自分の考えを貫きました。
違和感を感じる部分を疑い、自らの主張を展開したのです。
これは現代にも通じる大切な姿勢です。
「常識」は覆るものです。
スピノザが生きた時代にはビッグバンという考え方はありませんでした。
スピノザより前の時代には地球は平らで海には果てがあるというのが「常識」でした。
スピノザの「常識」を疑う姿勢は現代の私生活やビジネスにも通じる姿勢です。
遠くの人とコミュニケーションをとるためには直接会いに行くか手紙を送る、という常識を覆したのが電話です。
海は船で渡るという常識を覆したのが飛行機です。
夜はろうそくという常識を覆したのが電球です。
「常識」を疑う姿勢は現代の言葉で言えばイノベーションの第1歩です。
「常識」を疑い、改善しようとするところから新しい発想が生まれます。
常識を常識としてそのまま受け入れるのではなく、常に批判的な姿勢を持つことが大切です。
スピノザは44歳という若さでその生涯を終えました。
死因は肺病とされており、レンズ磨きの際に出る有害な埃を吸い続けたためともいわれています。
遺骨はその後廃棄され墓は失われてしまいました。
ただ彼の思想はその後再評価され、ドイツ観念論や現代哲学に大きな影響を与えています。
デカルトやライプニッツと並ぶ合理主義的哲学者といわれ、現代でも時代性を超えたユニークな思想は力を失っていません。
時代を超えても色褪せない哲学者スピノザの本を読んでみてはいかがですか。