20代で読んでおくべき本「ツァラストラはかく語りき」書評

書評・レビュー

この記事は書評に関する寄稿記事です。40代ビジネスパーソンの方より頂いた、40代目線から見た20代のうちに読んでおくべき本の書評をもとに構成しています。今回は「ツァラトゥストラはかく語りき」についてまとめました。本書の著者であるニーチェは、名言集が発売されるなど日本でも人気の哲学者です。ニーチェは世界の常識が覆る激動の時代を生きました。本書はそんな時代を生きたニーチェの考え方が表されています。

ツァラトゥストラはかく語りきってどんな本?

この本は19世紀のドイツの哲学者ニーチェの著作です。ニーチェはこれまでの価値観を覆し、聖書に対抗する本としてこのツァラトゥストラを書きました。

日々の苦しみを乗り越えるために自分自身が創造的に生きる「超人」にならなければいけないとし、同じ人生を繰り返したいと思える生き方をせよと説きます。

悩み多き20代のビジネスパーソンにいかに生きるべきかを考えるきっかけにしてほしい1冊です。

 

ニーチェが生きた時代は?

ニーチェが生きた頃のドイツは小国が乱立していました。そのひとつであるプロイセンは統一国家の樹立を目指し、周辺国との戦争を利用しながら強大になっていきました。最終的にドイツ帝国を成立させます。

ドイツではフランスとの戦争に勝利して戦勝金で経済発展をとげた一方、物質主義が蔓延してそれまでの価値観が変化し始めていました。そんな激動の時代にこの本は生まれました。

本書はニーチェが失恋したことがきっかけとなった作品と言われています。ツァラトゥストラという人物が、自分が長年考えた思想を語る物語形式ですが、ツァラトゥストラはニーチェ自身でその話を通して自分の思想を伝えたといわれています。

発刊当時この本は全く売れませんでしたが、今では世界中の人々に愛されています。その理由は、「私たちはどのように生きればいいか」という問いに対してこれほどまっすぐ向き合った本はないからだと思います。

人が悩みや苦しみを抱えたときにどう生きるか。人間らしく、泥臭い、とても重要な問いで、答えを見つけることも容易ではありません。ただ、人が生きることそのものに対してどう生きるかを訴える言葉の数々は自分の心を強く刺激します。

 

ルサンチマンとは?

「ルサンチマン」という言葉が有名です。これはフランス語で妬みや恨みという意味です。

なぜあの人はあんな言い方をするのか。なぜ仕事がうまくいかないのか。どうして自分は何をやってもダメなのか。もっと違う環境であればうまくいったはずだという「たられば」という気持ちを抱えることは誰しもあることです。

この考え方を持ちながら生きていると自分自身が腐ってしまうとニーチェは言います。ニーチェ自身も苦労の連続で、どうやって創造的に生きるかを深く問うています。

 

神は死んだ

ニーチェは「固定的な真理や価値はいらない。自分自身が価値を創造していかなければいけない」と言っています。

この本が生まれた当時、さまざまな価値観が変わりつつありました。なかでもニーチェはそれまで絶対的な価値であるキリスト教を「神は死んだ」という言葉で覆そうとしていました。

これこそ価値あるものだと多くの人が信じていたもの、つまり夢や希望を与えてくれたものの存在を否定したのです。信じるものがなくなってしまった状態を「ニヒリズム」と呼び、これを克服していくためには「超人」にならなければいけないとしています。

昔と違って今は絶対的な価値というものがありません

例えば昭和の時代には「巨人・大鵬・玉子焼き」というフレーズがありました。これは当時の子どもや大衆に人気があるものの代名詞としていわれていたものです。当時は読売ジャイアンツ、大相撲の大鵬、玉子焼きが人気でした。

このように、かつては人々の価値観の多くは1つのものに集約されていました。ただ今はそうではありません。流行はすぐに変わり、1年を通して様々な話題が生まれます。

これがニーチェの言う「神は死んだ」というニュアンスに近い状態です。資本主義や社会主義といった人類の理想も、戦後経済成長を遂げた日本でも、絶対的なものがないということがわかり、いまどこに向かっていけばいいのかわからない「ニヒリズム」の状態ではないでしょうか。

 

超人になるためには?

ニヒリズムの状態では超人になることを求めていますが、そのプロセスは3段階あると言っています。

  1. 重い荷物を背負い鍛錬する「ラクダ」
  2. 自分自身の意思を持って既存の価値と闘う「獅子」
  3. 無垢な心で自分の内から溢れ出して来る創造性に身を委ねる「幼子」

目指すべき超人の姿を「幼子」と言っているのです。これは中国の思想家荘子や禅の思想に近い発想だと思います。

他人に対して貢献しなければいけないと何か縛られたものより、自分の内側から湧き出てくる楽しさ、そしてアイデア、本気の想いに正直に生き、創造していく。そんな方向性を自分自身で見つけて行かなければいけないと訴えています。

 

自分を受け入れること

ツァラトゥストラはこう言います。

お前の過去は何回も巡ってくる。何度巡ってきてもよいと思える生き方をしろ出典:ツァラトゥストラはかく語りき

これは「永遠回帰」と呼ばれる思想です。これは嬉しいことだけではなく苦しいこともまた同じようにやってくることを意味しています。

それでも自分を受け容れること、自分を認めることを求めているのです。自分に起きたすべてのことを肯定できる人。それがニーチェの言う超人です。

君は友のために、自分をどんなに美しく装っても装いすぎることはないのだ。なぜなら、君は友にとって、超人を目指して飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから出典:ツァラトゥストラはかく語りき

激しく自己肯定できる今を日々つくっていくこと。これが自分に問い続けるべき課題ではないでしょうか。

 

激動の時代を生きる:編集後記

ニーチェが生きた時代は、ヨーロッパ社会にとって大きなターニングポイントでした。キリスト教が世界のすべてだった当時、その世界を覆す考え方が発表されます。それがダーウィンの進化論です。

進化論という考え方を用いた「種の起源」は1859年に発表されました。それまで生物は全て神の創造物だった世界の常識に対して、生物は環境変化に対応して進化したという考え方を提示したのです。

このような世界の常識が常識でなくなる時代にニーチェは生きていました。そんな時代だからこそニーチェは、どのように生きるかということに真剣に取り組んだのだと思います。

現代もまた、常識が常識でなくなる時代だと感じます。ここ20年ほどでインターネットが普及して電脳世界が構築され、世界中の人とスマートフォン1つで情報交換ができる世の中になりました。貨幣は仮想通貨となってインターネット上を往来し、本は紙でなくても読めるようになっています。

現代は日々何かが生み出され、常識が覆されています。まさにニーチェが生きた時代です。

このような時代だからこそ、どのように生きるかが大切です。絶対的な価値観がないように、どう生きなければならないという指標もありません。自分で生き方を考えなければならないのです。

そこで重要なのは「何度巡ってきてもよいと思える生き方をしろ」というニーチェの考え方です。

「永劫回帰」を信じる必要はありません。それもまた絶対的ではないからです。ただこの考え方は大切です。今を後悔しないように生きることが重要なのです。

激動の時代を生きたニーチェのように、日々常識が変化する現代社会においては、一人ひとりが自分の生き方を考えることが求められます。