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外資系生命保険営業のリアル⑤退職した理由、本音は?

この記事はキャリアについての寄稿記事です。外資系生命保険の営業職として10年間勤務された経験を持つAさんより頂いた、キャリア体験談を基に構成しています。5記事目の今回は、退職した理由についてです。勤務されていた10年間に起きた考え方の変化などの本音が語られています。

仕事ができなくなった

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退職した理由は簡単です。保険を売る気持ちがなくなってしまったからです。仕事ができない人になってしまったのです。収入はこれまでの蓄積があったので、ある程度は問題ありませんでした。

新たな手を打ってまたマーケットを開拓していくこともできたかもしれませんが、それをする気が起きませんでした。この場に居続けても、残りの人生がワクワクする楽しいものになる感覚がありませんでした

商売をしていくには売上が高い方がいいでしょう。粗利益も高い方がいいに決まってます。ただ、人にものを買ってもらうとき、自分が大好きで自信がある商品じゃないと売り続けるのは難しいと思いませんか?自分が納得いかない商品でも一時的には売れると思いますが、精神的に嫌な感じが蓄積されて、ドンドン悪い顔になっていく。そんな感覚がありました。

 

自分の売上に直結する商品

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10年間この環境で働くことで、自分の保険に対する考え方、「保険観」が築き上げられました。

それは保険はあくまでも「万一のときのお金の問題を解決する手段の1つである」というものでした。

その手段は親兄弟に頼る、貯金として蓄える、株式に投資するなど他にもあります。その中で保険を選ぶのはそれらでは埋めることのできない大きな金額のお金が必要なときだけと思います。そうすると、選ぶ商品は保障額が大きなものになります。

それに応える商品は大きく2つあります。

「貯蓄性もあり使い勝手もいいが毎月の保険料が高いもの」「高い保障金額の割には保険料が安い、けれど掛け捨てのもの」です。

保険料の大小は自分の売り上げ、手数料、つまり収入に直結するので、当然前者の商品を売ることを考えました。

マーケットは高い保険料が支払える高年収層に絞りました。社内でもこのタイプの保険を売り業績が高い社員がいるので話を聞きに行っては販売手法を学びました。

効果はすぐに出ました。

以前と同じ時間を使っているにも関わらず、1件あたりの単価が上がったので、とても効率がよく活動ができるようになりました。

このときは、仕事が楽しくて仕方がありませんでしたね

この販売方法を確立してから2年ほどたった頃でしょうか。お客様から契約の解約連絡が立て続けにきました。理由は全部一緒です。保険料が払えないからでした。

月に10万円ぐらいの保険料を払っているお客様がほとんどで、一時的には支払えるのですが、これから30年も払っていけないというのです。

細かいことは省略しますが、商談のときにはこの保険料なら安い、やりたいと思わせる手法があり、それで契約に結びつけていました。しかし時間が経つと気持ちも冷め、また毎月保険料が引き落とされる現実があるわけです。

 

自分の信じる道では食べられない

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営業手法で安いと思わせる、そして自分にとって都合のいい商品を売る。これはお客様のためになっていない。そんな自分を恥じ、もう一度商品のことを研究しました

保険の最大の魅力は、少ない投資金額で万一のときに大きなお金を調達できることです。それはお客様が毎月の保険料を少なくとも数十年払い続けるという前提が必要になります。

お客様が何十年も支払続けられて万一のときに使い勝手もよく、その人の家族を守れるもの。それは掛け捨ての保険でした。一方で掛け捨ての保険を一件あたりの単価が安くなるので、これまでと同じように業績を残そうと思えば当然「量」が必要になります。

量とは人数です。

必然的に多くの人、つまり見込み客を見つけなければいけなくなるので、これまで以上に紹介の依頼をしに、お客様に会いに行きました。

自分の保険に対する考え方に共感してくれる人や気心が知れている人は応援してくれました。

一方で連絡がつかなくなる人が増え、面と向かって怒りをぶつけられることもありました。しつこく人に「会わせてください」と紹介をお願いしていた自分のやり方に問題があったのです。

この頃から業績も一気に落ち、社内コンテストもことごとく入賞しなくなっていきました。上司からもその商品より単価が高いものも混ぜて販売する方がいいと指導されました

自分の業績が下がれば上司の生産性の下がります。社内コンテストに入賞しなければ上司の業績も下がるのです。ただ私は、どうしても単価の高い商品、貯蓄性があるものを売りたいと思えませんでした。

また社内コンテストに入賞するかどうかよりも、お客様にとっていいものかどうかの方が大切でした。

 

諦めるとは明らかにすること

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ここから自分自身も疲弊していき、会社への疑問が湧き、徐々にこれまでインストールされていた外資系保険営業としてのOSが立ち上がらなくなっていったのです。

どんな商売でも単価×件数で成り立っています。

どんな商品にも安いものには安い理由が、高いものには高い理由があります。普通は高いものはいいものですが、保険には安くてもいいものがあると信じています。

それを売り切る力、精神力も体力も、そして志も、すべてなくしてしまうほど疲弊したのが、辞めた本音です。

諦めるとは明らかにすることと言います。諦めたからこそ見えてくる未来があります。疲れ果てたからこそ、自分が大切にしたいことがわかってきましたね。

 

信じる道を進み続ける難しさ:編集後記

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以前の記事では「会社の理念や考え方への共感に、強い動機がある」と語っていたAさんですが、働き続けて自分の保険に対する考え方や保険観が築き上げられていくうちに、自分のやり方に疑問を持つようになりました。自分の仕事に誇りを持っていたAさんですが、自分の信じる道では業績を上げることができないと感じていたのです。

応援してくれる人がいる一方で自分から離れていく人が増えていく状況は、精神的にとても辛いことでしょう。自分が信じている商品があるにも関わらず、それを売る力をなくしてしまうほど疲弊してしまう。このことからも外資系生命保険の営業という仕事の厳しさ、自分の信じる道を進み続ける難しさが伝わってきます。

前職から外資系生命保険会社に転職した際は、「このままでいいのか」という気持ちがきっかけとなっています。この会社を退職する際も、「居続けても残りの人生ワクワク楽しいものになる感覚がない」と感じています。このように常に自分の将来の質を高めるメンタリティを持っていることも印象的です。

次回の記事では、20代で外資系生命保険営業の成功している人、失敗している人についてのお話をまとめてお送りします。

④やりがいと辛いこと◀    ▶⑥20代で活躍している人の特徴

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