京浜急行の事業内容、歴史、社長や創業者は?

この記事の結論は「京浜急行は、交通事業、不動産事業、レジャー・サービス事業、流通事業を行う大手私鉄です。前身は1898年設立の大師電気鉄道。創業者は立川勇次郎氏で、2016年8月現在の社長は原田一之氏」です。京浜急行は日本で3番目に古い鉄道会社です。この記事では、京浜急行の事業内容、歴史、社長や創業者についてまとめました。

京浜急行の事業内容は?

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京浜急行は、東京、神奈川を中心に事業を展開する大手私鉄です。京急グループは、京浜急行、子会社62社および関連会社5社で構成されています。

京浜急行の主な事業内容は、「交通事業」「不動産事業」「レジャー・サービス事業」「流通事業」「その他」の5つに分類されます。

各事業の売上に占める割合は「交通事業」約38%、「不動産事業」約12%、「レジャー・サービス事業」約13%、「流通事業」約32%です。交通事業と物流事業が売上の中心を担っているといえます。

交通事業:鉄道事業、乗合・貸切自動車事業、タクシー事業

不動産事業:不動産販売業、不動産賃貸業

レジャー・サービス事業:旅行業、ホテル・旅館・飲食業、レジャー施設・ゴルフ場業、水族館・遊園地業、広告代理業

流通事業:百貨店業、ストア業、ショッピングセンターの経営、物品販売業

その他:建設・土木・造園業、輸送用機器修理業、電気設備工事業、ビル管理業、情報処理業。自動車教習所業

 

京浜急行の歴史は?

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1898年2月に京浜急行の前身となる大師電気鉄道が設立され、1899年1月に六郷橋〜大師間 (2.0km) で営業開始したことから京浜急行の歴史は始まります。車両数5両、最高時速13キロ、従業員数17人、営業時間は午前7時から午後8時までという極めて小規模なものでした。

その後、1899年4月に京浜電気鉄道株式会社に社名変更します。1905年12月には品川(現・北品川)〜神奈川間が開通しました。1941年11月に京浜電気鉄道と湘南電気鉄道・湘南半島自動車が合併します。この時に現在の路線網の骨格がほぼ完成しました。

さらに1942年5月に小田急電鉄と共に東京横浜電鉄へ合併して東京急行電鉄が発足し、1948年6月に東京急行電鉄の第3会社として京浜急行電鉄株式会社が設立されます。東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業を開始しました。

1949年には東京証券取引所に上場を果たします。1956年4月に穴守線、穴守稲荷〜(旧)羽田空港間が開業し、1998年11月には空港線、天空橋〜羽田空港(現・羽田空港国内線ターミナル)間が開業しました。これで現在の路線がすべて開通することになりました。

近年では、2015年2月に台湾鉄路管理局との友好鉄道協定を締結しています。

 

京浜急行の社長、創業者は?

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京浜急行の創業者は立川勇次郎(たちかわゆうじろう)氏 (1862〜1925)です。立川氏は岐阜県大垣市の藩士の次男として生まれました。東京で弁護士として活動した後、実業家に転身し、大師電気鉄道の代表に就任します。

現在の取締役社長は、原田一之(はらだかずゆき)氏です。原田氏は1954年にうまれました。神奈川県横須賀市出身で、1976年に東北大学法学部卒業後、京浜急行入社します。2007年に取締役に就任後、常務、専務を歴任した後に2013年より現職の取締役社長に就任しています。

 

歴史ある大手私鉄

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京浜急行の前身である大師電気鉄道は、日本で3番目、関東では最初の電気鉄道会社です。

鉄道会社はインフラ規模の大きさから歴史は古く、大きな資金力が関わっていることが多いですが、京浜急行は関東の私鉄の中でも特に古い歴史を持っています。創立には安田財閥が人的・資金で援助したこともあり、現在もその流れを組む芙蓉グループの一員となっています。

このように、鉄道会社は歴史的、資本的背景から広い業態や安定した基盤の上での経営が行われています。

 


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