東急電鉄の事業内容、歴史、社長や創業者は?

この記事の結論は「東急電鉄の事業内容は、交通事業、不動産事業、生活サービス事業、ホテル・リゾート事業の4つ。生活サービス事業が売上の約59%を占める。東急電鉄の前身である田園都市株式会社の創設者は渋沢栄一氏。2106年8月現在の社長は野本弘文氏」です。東急電鉄は大東急時代といわれるほど影響力を持った企業です。この記事では、東急電鉄の事業内容、歴史、社長や創業者についてまとめました。

東急電鉄の事業内容は?

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東急電鉄の主な事業内容は「交通事業」「不動産事業」「生活サービス事業」「ホテル・リゾート事業」の4つです。

各事業の売上に占める割合は、「交通事業」が約18%、「不動産事業」が約18%、「生活サービス事業」が約59%、「ホテル・リゾート事業」が約9%となっています。

東急グループは、東急電鉄と子会社139社および関連会社18社で構成されています。

 

交通事業

東京都西南部および神奈川県において、東横線・目黒線・田園都市線・大井町線・池上線・東急多摩川線・こどもの国線の鉄道7路線と、東京都世田谷区において、世田谷線の軌道1路線の計8路線で営業しています。

営業キロ数は約104.9kmです。連結子会社は伊豆急行、上田電鉄、東急バス、じょうてつ、仙台国際空港などとなっています。

 

不動産事業

多摩田園都市を中心に宅地造成販売、住宅等の建設販売を行うとともに、不動産コンサルティングを展開しています。連結子会社では、ビル・マンション管理や不動産仲介業などを行います。

 

生活サービス事業

百貨店業やチェーンストア業、ショッピングセンター業、ケーブルテレビ事業、広告業、映像事業などを展開しています。

 

ホテル・リゾート事業

ホテル業では「東急ホテル」「エクセルホテル東急」「東急REIホテル」の3つブランドを展開しています。そのほか、ゴルフ業を行います。

 

東急電鉄の歴史は?

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田園調布・洗足などの街づくりのために設立された「田園都市株式会社」の鉄道部門を分離独立し、1922年9月に東急電鉄前身となる目黒蒲田電鉄が創立されたことから東急電鉄の歴史がスタートします。

1942年5月には「京浜電気鉄道(現:京浜急行電鉄)」、「小田急電鉄」を合併し、現社名である東京急行電鉄に社名を変更しました。

戦後の経済民主化のため、1948年に京王帝都電鉄(現:京王電鉄)、京浜急行電鉄、小田急電鉄を分離します。その後1949年5月に東京証券取引所に上場しました。

1962年3月には多摩田園都市の区画整理事業を開始し、1966年4月に田園都市線、溝ノ口〜長津田間開通、1979年8月に田園都市線、新玉川線、営団半蔵門線の全列車の直通運転を開始します。

2000年以降は健全性の回復するために、事業の選択と集中に取り組みます。2004年に東横線横浜〜桜木町間の営業を終了し、みなとみらい線を開業、東横線が相互直通運転を開始しました。2013年3月は東京メトロ副都心線・東武東上線・西武有楽町線・西武池袋線との相互直通運転を開始し、日比谷線との直通運転を終了しました。

 

東急電鉄の社長、創業者は?

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東急電鉄の母体である田園都市株式会社の創設者は「日本資本主義の父」ともいわれる渋沢栄一(しぶさわえいいち)氏です。渋沢栄一氏は江戸時代には徳川慶喜の幕臣を務めた後、明治時代に大隈重信に説得され大蔵省に出仕するも予算編成をめぐって大久保利通らと対立し、わずか4年で退官します。その後は、実業家として多種多様な企業の設立・経営に関わります。

2016年8月現在の社長は野本弘文(のもとひろふみ)氏(2011〜)が務めています。野本氏は1947年9月27日に福岡県に生まれます。1971年4月に早稲田大学理工学部卒業後、東京急行電鉄株式会社に入社します。その後、様々な役職を歴任し、2011年4月に代表取締役社長に就任しました。

野本氏は2014年末に発表された「第40回経済界大賞」で、優秀経営者賞を受賞しています。

 

鉄道に限らず多様な事業を展開

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東急電鉄のJRを除く日本の鉄道事業者で、営業キロあたりの連結売上高は全国第1位です。利益も、連結・単体ともに全国第1位となっています。安定した経営を行っているといえます。

東急電鉄の事業割合では、百貨店から映像事業まで行う「生活サービス事業」が約59%を占めています。鉄道事業以外での収益が高く、一企業の中に多様な分野の職種があります。

 


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